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#12 勝つために


父親のアメリカでの仕事はその後数日でキリがつき、馨は父親と日本に帰る事になった。

今まで住んでいたアパートの荷物は全て片付けられ、日本に送った。

空っぽになった部屋を見て馨は少し寂しい気持ちになったが、一つ、願い事をしていった。


(また、ここに戻ってこよう…)



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日本、広島。

インターハイに向けて県大会で勝ち抜いてきた猛者たちが集まるこの地に、馨も足を踏み入れた。


「……蒸し暑い……」


もわっとする暑さは日本特有だ。

広島駅前で暑い日差しに馨は立つのも嫌になりそうなほどうんざりしていた。

ジリジリとした日差しの強さと、アスファルトの照り返しが手伝って、汗がどっと出てくる。

アメリカから9時間近くも飛行機に乗り、新幹線に長い間揺られてきた身には堪える暑さだ。

馨は涼を求めるのも兼ねてすぐさま駅前の本屋に駆け込み、試合の情熱収集のためにバスケット雑誌を買った。


(これは……宿についてから読もう…)


長距離移動の連続に、馨はだるさからくる疲れに参っていた。

父はこの日のために宿を用意してくれた上に旅費までしっかり出してくれた。


「楓を驚かせたいから、帰国したことは絶対内緒で」というそれだけの条件で快く出してくれたのだ。


……お気楽というか、読めない父親だ。


………………



「え!!!ウソッ!!!」


宿について馨はバスケット雑誌を見て驚愕した。


「今日、……この豊玉ってところと……試合じゃん…」


サーッと顔が青くなるのが自分でもわかる。

見たい見たいと思っていた試合が今日だなんて…

この日のために帰国したようなもんなのに…

長い移動時間に思考能力までにぶっていたのだ。

日本との時差をすっかり忘れていたのである。


「い、今から行って間に合うかな……」


時計を見るとまもなく試合開始時間を表していた。

オロオロしつつも、迷っている場合じゃないと、疲れた体と頭にに鞭打って馨は宿を飛び出し会場へと向かった。



…………



「………………」


馨は会場入り口近くで呆然と立ち尽くしていた。


「終わってる………」


その場に倒れそうになるほどがっくりとうなだれる。


「買ってすぐに読むんだった…」


…そしたら豊玉戦を観戦できたのに…

後悔の念が気持ちを押しつぶしそうになる。

お父さんに何て言おう…

試合に勝っていたらいいのだけど……

ぐるぐると考えていると会場からにぎやかに出てくる一行が。


「湘北、まずは一勝だな!」

(……湘北??たしか楓の……)


「湘北」という言葉に馨は反応し、一行の会話を黙って聞こうと耳に神経を集中させる。


「すげーよな!湘北は全国でもいいところまで行くんじゃないのか??」

「花道の合宿シュートも決まったしな!」

「ホント、2万本みっちりやった甲斐があったな」


ガラの悪そうな男達が嬉しそうに話しているのが見える。


(…よかった……湘北、勝ったみたいだね…)


会話の内容から勝った事がわかり、ホッと胸を撫で下ろす。

2回戦、必ず見なければ…

ワイワイと会話する一行は馨の少し離れたところですれ違う。

次の瞬間だった。


「それにしても流川くん凄かったね」

(……流川!?)


馨は思わず振りかえる。


(……楓の事だ!)


男達の後ろには女の子がいた。

そうだ、湘北の試合を見たと言うことは、流川のプレイも見ていたということだ。

馨は一行を追い掛けて流川楓がどんなプレイをしたのか聞きたいのを必死に抑えていた。


「あの時はどうなるかと思ったけど……あんな目でよくプレイできたわね。」

「流川くん…、目のケガ、大丈夫かな…。明日も試合なのに……」

「大丈夫よ、晴子。」 

「だといいんだけど…」

(目のケガ…!?)


耳を疑うような言葉が出てきた。

……ケガ?

目のケガ?

どうしたんだろう…

彼女らの口振りでは目にケガをしたのに試合に出たと言うことらしいが、本当なのだろうか…

ああ、彼女達を引き止めて話を聞きたい…

そして…

この会場にいる本人に会って聞きたい…

馨は再び会場の方を向き、何もできない自分に、悲しみを感じていた。


(……ここに、楓はいるのに……)



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