#11 勝負
「ねぇ……楓」
流川の部屋で二人でのんびりしている。
馨はメガネをかけ、ベッドに寄り掛かってハードカバーの本を読んでいる。
だて眼鏡だが、やはりかけると何故か集中できるらしく、真剣な顔で読み耽っている。
流川はというとベッドに寝そべり、早くも外から聞こえる虫の声を聞きながらまどろんでいた。
「……なんだ」
「山王戦…どうだった?」
馨は目線を本から外さず、ページをゆっくりめくりながら流川に問い掛ける。
流川はその問いに深く思いを巡らせる。
そう、山王工業との死闘の一つ一つを…
IH常連、最強山王。
今でもあの死闘は手に取るようにハッキリ覚えている。
疲れを知らない伝家の宝刀・オールコートプレス。
頂点を知っているという「経験」
そして
スーパープレイヤー・沢北。
仙道とは違う壁だった。
「圧倒的」
その言葉はまさに日本一に相応しい。
自分の攻撃全てを見透かされ、ことごとく自分の前に立ちはだかる。
本物だった。
そして、胸の奥から沸き上がる感情が外に弾けたような感覚は特に忘れられない。
自分の中で何かが変わった………
「……日本一…」
「……え?」
ポツリと呟いた流川。
馨が本から視線を外す。
「見てたんなら分かるだろ」
「…沢北さん…?」
二人とも真顔のまま表情を変えない。
「うん。見たよ。山王戦」
馨は母からIH出場の知らせを受け、父に促され帰国し2回戦の山王戦を観戦していた。
馨もあの試合は忘れられない。
前を真っ直ぐ見て遠くを仰ぐ。
久しぶりに見た、成長した流川の危機迫るプレイ。
それを鮮やかに叩きのめした沢北。
そして試合中に変わったプレイ…
目を閉じれば鮮明に思い出せる。
「沢北さんは凄かった…攻守共に……」
「…………」
「エースとしての絶対的な力…。沢北さんのプレイが全てを揺るがす…。」
沢北のプレイ一つ一つを馨は思い出す。
そのプレイを目の前で見ていた流川も彼のプレイを思い出していた。
二人の頭の中で、沢北が跳躍する。
流川はその跳躍する姿を苦い記憶からか、忌々しいと思うものの、その隙のない姿に選手としての羨望する気持ちが見え隠れしていた。
馨もまた、その流れるような跳躍に流川とは違った荒々しさを感じていた。
「あれが、日本一のプレイヤーなんだろうね…」
「………」
流川は馨の「日本一」という言葉に耳ざとく反応する。
馨から「日本一」という言葉が出てくるとは思っていなかったからだ。
馨が沢北を「日本一」だと認めた事に対して、少しだけ苛立ちを覚えた。
怖い顔をする流川を知らないまま、馨が持っていた本を閉じ、優しく微笑む。
「でも、そんな選手のいる山王工業に湘北は勝って、そんな選手と楓は真っ向勝負したんだよ」
馨はしっかりと見ていた。
最初は完全に押さえ込まれていた流川が、次第に互角に戦えるようになっていく姿を。
試合中でさえ、成長する姿を。
馨は、見ていた。
そしてそんな自分をしっかりと見ていてくれた事に対して、流川の中で気持ちが熱くなる。
「日本一か……」
「え…?」
馨が振り返る。
そこにはいつの間にか起き上がっていた流川がいた。
その目は、真っ直ぐ馨を見据えている。
「俺も、なるよ」
「え、何に?」
「日本一の高校生」
「……日本一?」
流川の目はギラリと光り、そこには強い強い意志があふれている。
(この目……)
この強い視線は見た事がある。
初めてバスケットを始めた時に見せたあの目。
「負けなくない」
「強くなりたい」
(あの時の目だ……)
彼は顔に出さない分、その気持ちが瞳に宿る。
そんな目を見て馨は思わずドキッとする。
この力強い瞳はいつ見ても心を貫かれるような感覚に陥る。
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