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#9 イライラ


--2年前、春


「楓!練習終わった!?」


体育館の扉を両手でゴォンと勢いよく開け、待ちきれんばかりに馨が叫ぶ。

男子バスケ部の面々は円陣を組んでいる最中だった。


「……まだ、部活中だ…」


流川が顔を上げて答える。


「なんだ、まだ終わってなかったのか…」


半分つまらなそうに腕を組み、扉に寄りかかる。

部活が終わった後、更に練習をするのが日課になっていた二人。

この日は外で走り込みをしていた女子バスケ部の練習が一足早く終わり、体育館を使っていた男子バスケ部の終わりを待たずに馨がやってきたのだ。



「馨先輩!!」


男子バスケ部の練習が終わった途端、円陣から一人の後輩が馨の元に駆け寄ってくる。


「む……水沢…イチロー……」


馨は後退りしたい気持ちになった。


「馨先輩!また流川先輩と練習ですか!?」

「うん、まぁね」


水沢イチロー。

流川の1つ下の後輩で、流川を恐ろしいまでに敬愛し、崇拝している1年生だ。

彼の敬愛の対象は流川と互角に練習している馨にも向けられていたが、その強い敬愛っぷりが少し苦手だった。


「ホント、毎日キツい練習の後なのに、更に練習するなんてスゴいです!しかも、流川先輩と!」


水沢の顔は尊敬の眼差しでキラキラしている。

しかも半ば興奮気味だ。


「いや、毎日の事だからスゴい訳じゃないよ」


馨の笑顔は苦笑いになっている。

しかし、水沢はそんなことお構いなしだ。


「俺なんか全然流川先輩にかなわないのに、互角に1対1ができる馨先輩はスゴいですよ!」

「あ、いや…」


…この熱い押しが苦手の原因だ。


「…いつか、流川先輩みたいにプレイしてみたいなぁ…」


水沢が遠くを仰ぐようにしみじみ語る。


「………」


そんな水沢を見て馨が優しく微笑む。

純粋にバスケが好きだからこそ、バスケにただひた向きにプレイする流川に憧れる。

その気持ちは馨にもよくわかる。

水沢イチローの熱い押しは苦手だが、バスケへの思いを考えると嫌いにはなれない。

まぁ、かわいい後輩だ。


「楓は暇さえあればバスケだもん。上手くなりたくて仕方がないんだろうね。私ももっと上手くなりたいと思ってるけど…楓のは私のその何倍も強く思ってるよ…なんかそんな感じ」

「…すごい…さすが流川先輩…。やっぱり双子だとそういうのわかるんですか?相手の気持ちとか」

「いや、どうなんだろう。でも、なんとなくね。だけど、それだけじゃないよ」

「え???」

「だってアイツ、家で勉強しないもん。ホントバスケばっかり」


馨が困ったような笑顔で水沢を見る。


「授業中も寝てるみたいだし…こっちは文武両道目指して必死に勉強しているってのに…」

「は、ははは…」


水沢はどう反応していいかわからず苦笑いをする。


「でも、それだけバスケが好きなのかな~って思うんだよね。頭の中、バスケでいっぱいなんだろうね、きっと」

「…………」

「だからこそ、楽しいんだよね、楓とバスケするの。だからもっと上手くなりたい。」

「馨先輩……」


馨の目は綺麗に輝いていた。

その輝きは尊敬する流川先輩と同じものだ、と水沢は思った。


「……馨。」


軽く汗を拭いてきた流川が始めようとばかりに声をかける。


「あ、じゃあ始めようか。じゃあね、水沢」


待ってましたと馨が体育館の中へ入っていく。


「今日は走り込みだけだったからね。ここでバスケしたくて仕方なかったよ」

「…バテてるんじゃねーだろうな」

「愚問…!」


体育館の扉でイチローは並んで歩く二人を見ていた。


『楽しいんだよね、楓とバスケするの』


きっと流川も馨とのバスケは楽しいと感じてだろう。

馨も同じように、流川とのバスケを純粋に楽しんでいるからだ。

身長も違うし、性別も違う。

大きくて力の強い流川の方が明らかに有利なのに、それに屈しない馨のバスケ。

決してそれに容赦しない流川のバスケ。

お互い、純粋に立ち向かってくる相手だからこそ、お互いに強くなりたいと思い、高めあう事ができるのだろう。


(……なんか、羨ましいな…)


水沢は、そんな二人に嫉妬に近いものを感じながら、体育館を後にした。


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