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#9 イライラ


モップがけを終えた流川は軽く体をほぐしている。


「…………」


イライラしていたのは桜木と馨だけではなかった。

流川もまた二人のようにイライラしていたのだ。


(「『本物』の流川くんよ!」)


廊下で聞いたあの言葉が頭の中をぐるぐると回っている。

本人たちにとっては特に深い意味はなかったのかもしれない。

でも、自分たちにとってはとても深い意味を持つのだ。

その言葉をあっさりと本人の目の前で言ってしまう神経に非常に腹立たしいものを感じる。


(…くそ………)


消そうと思っているのだが、あの言葉が頭の中で繰り返し繰り返し再生される。

おかげで今日の授業中はよく眠れなかった。

貴重な睡眠時間を邪魔されて…寝不足気味だ。

だから余計に機嫌が悪い。


「こえー顔してんな、どうした流川」


宮城がボール片手に話し掛ける。


「なんか気に入らない事でもあったのか?」

「や…寝不足す」

「はぁ?なんだ、そりゃ」


寝不足のせいであって欲しい。

そうだ、いつも以上にイライラしているのは、きっとよく眠れなかったせいだ…

でも、その「眠れなかった」のは間違いなくあの言葉が原因だ。

あの時、本気でキレるかと思った。


「流川、馨ちゃんとはよく1on1やってたのか?」

「…まぁ」


宮城は昨日の馨との1on1が面白かったようで、更に聞いてくる。


「身長差あっただろ?よくやるな」

「アイツの身長は変わってないすけど、俺が伸びたんで……まぁ」

「馨ちゃん、中学からあの身長なのか?」


中学生で165センチならまぁ大きい方だろう。


「馨は中学入学した時からあの身長だったわよ、リョータ」

「…アヤちゃん!」


途中から、話を聞いていた彩子が近づいてきた。

宮城の顔がパッと赤くなる。


「中学入った頃の身長差は10センチちょっとくらいだったかしら?」

「…180なかったんで」

「それでも10センチ以上の身長差か…。」


馨の身長は小学生のうちに伸び、中学ではそれ以上伸びなかった。

「せめてもう少し伸びてくれれば」

馨は流川にそう話した事がある。


「身長差はあっても、よく2人で居残って1on1やってたじゃない」

「…………」

「ふーん……」


宮城は考えていた。

昨日の試合での「違和感」

馨は中学2年まで、10センチ近くある身長差で流川と1on1をやっていた。

どんどん身長が伸びていて、身長差が開いていたにも関わらず相手をしていた。

しかも相手は、流川。

中学生とはいえうまかっただろう。


(昔からやり合っていた相手なら、きっとやりたいと思うはず、じゃねーのか?)


しかし昨日の試合、流川と1on1の場面では相手をせずパス・ディフェンスはあっさり抜かれた。

どうしてだろう…

宮城は考え込む。


「………」

「どうしたの?リョータ」

「あ…いや…」


(馨ちゃんのことはよく知らないが…やっぱり何かおかしい。何かあったはずだ)


確証はなかった。

でも、「何かおかしい」と直感で思った。


「…流川」


宮城が真剣な顔で流川に聞く。


「馨ちゃんと、1on1やらないのか?」

「………」


………1on1

今の流川と馨の身長差は22センチ。

普通なら1on1をするような相手ではない。

でも


「おまえら、身長差とかそういうの気にせずやると思ってたんだけどな」

「………」


流川はチラリと馨見た。

なにやら三井とギャーギャー話をしている。


(1on1か……)

「久々にやったら?流川。どうせあんたも久々にやりたいんでしょ」

「まぁ……キカイがあったら…」


そう言いながらも流川の視線はまっすぐ馨に向けられていた。


「ちぇ、素直じゃねぇのな。やりたくて仕方ないくせに。」


宮城はニヤッと笑ってスタスタと立ち去った。

彩子も流川の視線に気付き、そっと宮城の後をついていった。


(ホント、素直じゃないわね……)


………


おまえは身長差なんか気にするヤツじゃねーはずだ。

なのに、どうして昨日は逃げたんだ。

おまえはそういうのに向かって行くヤツだったはずだ。

男だろうが、女だろうがカンケーねー。

なのに、どうして。



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