#8 転校生


「……っす…」

「うっす!」


朝、洗面所で馨は髪にワックスをつけ、丹念にセットしている。

一方、まだ眠り足りない流川は、両目が完全に閉じている様に見える。

昨日は馨と話をしていたので、寝不足気味だ。


「なんか…、全然寝てないって感じだけど夜更かしするほど話してなかったよね??」


実に眠そうな流川を見て、髪をいじる手が止まってしまう。

少しお喋りはしたが、あれから30分程度で切り上げたはずなのに……


「ねみぃ…」


流川にとってその30分が大事な睡眠時間だったりする。

その30分が命取りーー

大げさな表現だが、「寝る事が趣味」のこの男にとってはこの表現はふさわしいだろう。


「呆れた…。…って、楓、その頭!寝癖すごいよ…」


呆れた顔が見つめる先には四方八方に広がる黒髪。

もうなんか、「大惨事」だ。


「こんなの濡らせばなおる」


濡らした髪を自然乾燥する――これが一番ラクだ。

風呂上がりでもそう。

ドライヤーは使わない。

ワックスやヘアクリームの類は髪がベタベタする感じがして好きではない。


「まったく…だから楓の髪はツンツンはねるんだよ」


一方馨は流川とは違い、ワックスで無造作に髪型をきめている。

馨もお風呂上がりは自然乾燥派で、サラサラの髪をなびかせるのが好きだが、ワックスでバッチリきめた髪型も好きだ。


「楓もつければいいのに、コレ」


再び鏡を見ながら髪をねじっていく。


「俺はそーいうのイヤダ」


ワックスの類をつけないのは風で髪がサラサラなびくのが好きだから。

髪を揺らす風が何とも言えず気持ちいいから。

だからそれを妨げるものはつけたくないし認めない。


「そんなのつけるヤツの気が知れん」

「オシャレだよ、オシャレ!わかってないなぁ」


…わからん……


「どけ、俺の番」


鏡の前から馨を横から押し退ける。


「むっ…」


不服そうな馨を見下ろすと、既に湘北高校の制服を身に付けていた。


「………」

「な、なに?」

「……イヤ……別に…」


昨日の部室での一件を思い出してしまった。


(「似合わねぇぇぇーー!!」)


今日これからの事を考えるとドッと疲れが出てくる。

面倒なので具体的にも考えたくない。

きっと色々言われるだろう。


「ふーーーっ……」


深い深いため息をつく。


「な、なに?何か変?リボン曲がってた?」

「いや………」


リボンがどうとか、問題はそれではない。


「着てくのか、制服」

「当たり前じゃん。湘北高校に行くんだから。今日この日の為に用意してもらったんだから」


やれやれ…

一抹の不安を感じる……

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