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#7 それぞれの夜


久々の会話の絶えない夕食。

家族が揃うとこんなにも違うのか、と流川は自室のベッドで寝転んでしみじみ思う。

騒がしいのは元々苦手だが、こういう「賑やか」なのは嫌ではないらしい。

自分でも不思議だ。


コンコン


「お~い、お風呂出たよ」


軽くノックした後、馨が扉の隙間から顔だけひょいと覗かせる。

タオルで拭いただけなんだろう、髪はまだ濡れている。


今日体育館にきた時に付けていた眼鏡もかけている。


「……ちょっと、いいか?」


むくりと起き上がってベッドに座り直し、自分の部屋に戻ろうとする馨を引き止める。


「なに?」


馨はパッと顔を明るくして部屋に入ってくる。

Tシャツにハーフパンツ、風呂上がりなので肩にはタオルをかけている。


「なになに?この私に何か話かね?」


自分も何か話したかったのか、楽しそうにいそいそと椅子の背もたれに肘をついて座り、部屋をキョロキョロ見渡す。


「いやぁ、変わらないね、この部屋も」


部屋には余計なものは一切ない。

壁には小さめのNBA選手のポスターが数枚。

コンポにCD、バスケットボール雑誌。

机にも余計な物が乗ってないので、部屋は意外と片付いている。


「…目、悪いのか」

「は?」


キョロキョロと部屋を見渡す馨にいきなり突拍子もない質問をする流川。

馨はあまりに突然な事で肩にかけているタオルを落としそうになる。

馨がかけている眼鏡。2年前はかけていなかった。

ワイン色で太めのフレーム、横にはきれいな装飾までされている。


「ああ、これね」


馨はかけていた眼鏡を外してみせる。

そんな馨に流川は少し目を細める。


「視力、落ちたのか?」

「違う違う。これね、実は伊達眼鏡」


眼鏡を持ち、こちらを向いてにっこり笑う。

何故か満足気な笑顔。


「………は?」


ダテメガネ……?

不思議そうな顔をする流川に馨は自分の眼鏡を見せるように前に出す。


「レンズ入ってないの。ほら」


そう言ってレンズが入る場所に指を通してみせる。

レンズが入っていないので、フレームに指が通る。

なんだ…、てっきり。

流川は内心ホッとする。

視力がリスクになっていたら、と思って少し心配していたからだ。


「オシャレよ、オシャレ。何か今流行ってるみたいだし」


「なぜそんなものをかけているのか」と聞く前に答えを言われる。


「勉強の時とか何か気合いも入るし」

「なんだ、そりゃ」


メガネで気合いが入るとは意味不明だ。

メガネなんて邪魔なものだとしか思えない。

何がいいのか理解できない。


「理解できないって顔してるね。……じゃあ試しにかけてみようか」


何かを企み、ニヤリと笑った顔で見られる。


「イヤ…いい…」


メガネなんて生まれてこの方、かけたことがない。


「まぁまぁ、そう言わず……」


馨の顔がいじめっ子の顔に変わり、椅子から立ち上がるとジリジリと流川との距離をつめてくる。


「ヤメロ……」


何かを企んだ馨は強い。

ゆっくりと近づいてくる馨に、流川は距離を取ろうとする。

やると言ったら絶対にやる精神はこんな時にも大いに発揮されてしまうので………非常に、困る。


「フッフッフ…もう、逃げられないよ…」

「バ、バカかてめーは…」


思わず後退りしたので、すぐ後ろの壁にドンッと背中がぶつかる。


次の瞬間……


「捕まえた!!!」


いきなりベッドに上がり込み、左手で右肩を思いっきり掴まれ、壁にがっしり押し付けられる。


「ちょっ……!!!」


思わず目をギュッと瞑る。

流川は突然の事で抵抗する間もなく、気付くと目頭の当たりに違和感を感じる。


「してやったり!!!」


馨はきっとガッツポーズをしているのだろう。

流石、こういう時の馨は強い。

うっすらと目を明けると自分の輪郭に合わないメガネが、あっさり馨の手によってかけられる。


「…キツイ……」


馨のメガネなので自分にはサイズが合わない。

フレームが当たり、目頭の辺りがゾワゾワする。


「ぷっ!!その顔!!!」


流川をチラリと見た馨が思いっきり吹き出す。


「うわっ!頭良さそう~!!クク……いいよ!いいよ、それ!!」


またも大爆笑される。

明らかに、絶対褒めていない。


「頭良さそうに見えるよ!楓!楓もかけるといいよ!眼鏡!」


うずくまって笑っている。

大体「頭良さそう」とはどういう意味だ。

確かに、勉強の方は褒められるほどのものではないが、面と向かってズバリと言うものではない。


「……もう外すぞ」


爆笑されるのはもうこりごりだ。

今日何度目だろう。

ムッとしながらかけられた眼鏡を外す。


「あ、取らなくていいのに~!」

「バカにするから、もうイヤだ」

「似合ってたのに~」

「何言ってやがる。笑ってたくせに」

「私を疑ってるね?」

「たりめーだろうが」


他愛のない話。

人とこんな会話をするのは久しぶりだ。

自然と弾む会話が、とても楽しく思う。


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