#5 違和感
「私では無理だ」
そう言う馨は左腕を右手で掴み、口をキュッと結んでいる。
視線は伏せたままだ。
意外な反応に体育館は静寂に包まれた。
「なにか不都合でもあるんですか?」
安西が一歩前に出てゆっくりと尋ねる。
「…いい機会ですよ。やったらどうですか?」
「………」
馨は視線を伏したまま何やら考えている。
どうしようか迷っているようだ。
その瞬間、
……パシッ
ボールが1回フロアに音を立てた後、馨の手に渡る。
反射的にボールを受け取った馨は驚いた様子で顔を上げる。
誰かがボールをパスしたのだ。
その主は、流川、だ。
「…楓……」
両手でボールを持ったまま、パスした主を見る。
強い視線だ。
何かを訴えるような、厳しい視線。
(あの目、弱いんだよな…)
あの力強い目を見てしまうと、どうしても…。
口で言わない分、余計に彼の真っ直ぐな視線に弱く、負けてしまう。
強い視線を変えないまま、流川が口を開く。
「どうせ、持ってきてるんだろ?バッシュ」
「……!!」
「…あるんだろ」
「………あるよ」
…驚いた。
別にバスケをやりに来ていたわけではなかったが、鞄にはバッシュが入っている。
バスケに関する場所に行くときはなぜか持ち歩いてしまう。
なるほど。
…お見通しと言うわけか。
「流川はやる気満々みてぇだな」
三井はニヤリと笑って馨の肩をポンと叩く。
「こりゃ、やらないと恨まれそうな勢いだな」
宮城も同じくニヤリと笑う。
安西の「いい機会です」という声が馨の頭の中で繰り返される。
目を瞑り、少し考えたあと、ゆっくり目を開く。
「じゃあ、お言葉に甘えて少しだけ…」
「いい機会」だ。
やってみよう。
目に少しだけ力が戻った。
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