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#23 Reset me

誰もが入ると感じた馨のシュートはリングに当たり、大きく跳ね返った。

ボールの行く末を見守っていた周囲からは「あぁ……」と思わず声が漏れる。

バウンドするボールは流川の元へと転がり、そのまま彼の手元に収まった。

馨は額の汗を腕で拭い、少しでも呼吸の乱れを回復させようと深呼吸をするが、呼吸をする度に体中の熱が汗となって外に吹き出してくるようでなかなか止まらない。

熱と疲れが重くのし掛かっているのを感じる。


……


馨のシュートを目で追った晴子の握り締める手は思わず力が入っていた。

惜しくも外れてしまった瞬間にその力は緩み、再度視線は赤木へと向けられる。


「お兄ちゃん、馨さんが実力を出しきれてないって、どういうこと?流川くんといい勝負してるし、私にはそうは見えないけれど……」


彼らの攻防を純粋に「凄い」と思いながら見ていた晴子にとって、兄の予想外の発言に戸惑うしかなかった。

どこも悪いところなど見当たらないと思っていたが、赤木には何か引っ掛かる点があるようだ。


「別に悪いプレイをしているとは言ってない。ただ、どうも引っ掛かる……。攻めきれてないというか……桜木の言う通り、もっと彼女は攻めるプレイが出来るんじゃないかと思ってな」


赤木の「違和感」は馨のプレイを初めて見た時から感じていた。

「もっと中まで攻められるんじゃないか」と。

しかしいくら双子とはいえ、流川と同様に容赦なくガンガン突っ込んでいくプレイをするとは限らない、と最初に見た時はそう解釈した。

が、それは違うと改めて感じた。

赤木が最初に感じた「違和感」は気のせいではなかった、と。


「本気は出してるはずだ。あの流川を相手にして手加減が出来るとは思えん」

「でも、お兄ちゃんさっき『実力を出しきれてない』って……」

「そうだな。本気は出してるが、まだ出せない力があるんだろうな」

「出せない力?」

「そうだな……、怪我をしたプレイヤーはどうしてもその怪我を庇って意識してしまう。『また痛めてしまったら』とか『怪我は大丈夫だろうか』とかな。
そうすると普段の実力が出せないプレイになってしまう。本人がいくら本気を出そうとしても、その『庇う意識』が枷になる」

「じゃあ、馨さんもどこか故障を?」

「まぁ、例えばの話だ。……もしそうだとしたら、吹っ切れればいいんだがな」


赤木は「自分にも同じ事があったな」とIH県予選での事を思い出していた。

痛めた足が気になってプレイが散漫になってしまった時の事を。

『自分の足は大丈夫だろうか…』

『もっとしっかりテーピングをしておくべきだったか…』

頭では「考えるべきではない、もっと集中しなければ」と、何とか意識を試合に向けようとしていたが、そう思えば思う程自分の望みとは裏腹に次々と不安が押し寄せてきた。

絶対に負けられない大事な試合…

焦りがプレイに影響を与えた。

目の前でプレイする馨に、その時の自分と似たようなものを感じていた。

フロアの脇で桜木・宮城・赤木一同と一緒に見ていた三井がポツリと呟いた。


「ま、今のシュートは決めたかっだろうな」

「なんだ、いたんですか、三井サン」

「宮城、てめっ……ずっと見てたわ、バカヤロウ!」

「ミッチー……もう帰ったのかと思ったぜ」

「うるせぇな、桜木まで話を違う方に持っていくんじゃねぇ!」

「……で、なんなんだ?三井」

「ったく、赤木までエラそうに…」


ブツブツと不満げな三井は言葉を続けた。


「今のは完全に流川を抜いた上でのシュートだ。流川もブロックの手が出てねぇ。無理矢理捩じ込む様なシュートとは違って、絶好のチャンスだった。……でも、外しちまった」

「……」

「……決める事に対して意識しすぎて手元が僅かにブレたか知らねぇが……それでも今のシュートは入れたかっただろうな」


三井の言う通り、馨は先程のシュートを当然決めたつもりで打っていた。

流川のマークを振り切った上でのシュートだった。

チャンスと思って気が少し緩んでしまったのか、外してしまった事に馨は悔しさを感じていた。


(くそ…今のは、決めたかったな…)


何回攻防を繰り返しただろう。

自分より遥かに大きなプレイヤーを相手にするのは思った以上に体力と精神力を消耗する。

今まで身長差を使って隙を作ってきていたが、パターンを読まれる事が多くなり、抜くのも容易ではなくなっている。

馨は目を閉じ大きく息を吸い込んだ。

暗くなった世界の中、自分の息遣いと心臓の音だけが聞こえてくる。


(次は、止めなきゃ……)


次は流川が攻める番だ。

身長差で攻めにくい、守りにくいという条件は相手も同じはず。

次はどう攻めてくるか……

流川の動きについていけますように……願掛けをするような気持ちで右腕につけたアームバンドの位置を修正し、大きく息を吐く。

その時、頭の奥の方から言葉が浮かんできた。


『……どうしたの?』

「!!!!!」


それは聞き覚えのある「声」だった。

馨の胸が反射的にギュッと痛んだ。

今までずっと心の奥底に隠していたものがじわりじわりと姿を見せるように馨の記憶から過去が少しずつ甦ってくる。

そして、その声は馨に言葉を投げ掛け始める。


『……どうしたの?』

『……動かないの?』


頭の中でエコーがかかったように響きわたる。

それは自分の中で何度も忘れようとしていた「声」……アメリカで馨の心を傷つけた「声」だ。

リサとソフィアと組んだ3on3で相手が発した声。

嘲笑う声は何度も何度も頭の中に鳴り響く。


(やめて!思い出したくない!!)


馨は自分自身の思考を拒否するが、「声」は容赦なく問いかける。


『動かないの?それとも……、』


(ダメ!!!!)


馨はアームバンドを触れる手に力を込める。

その「声」は聞きたくない!

忘れようとして…何とか忘れようと自分の中に封印してきた「声」

それ以上は、思い出したくない…


『それとも、動けないの?』


ニヤリとした薄気味悪い笑顔の女性の姿が馨の瞼の裏に写し出された。

しばらく忘れかけていた「彼女」の笑み。

それがハッキリと脳裏に映し出された。


『そんな小さな体で何が出来るの?』

『何も出来ないくせに』


整えようとしていた呼吸は更に乱れた。

胸の奥が重く、苦しい。

先程とは違って、馨の呼吸は焦るように大きく呼吸する。

様子が少しおかしい事に流川は気付き、馨の近くまで歩み寄り、声をかける。


「おい、馨、動けるか?」

「……っ!動けるよ!!」

「……!!」


思いがけない馨の反応に、差し伸べかけていた流川の手が反射的にピタッと止まった。

思わず大きな声が出てしまった馨はしまったとばかりに流川から視線を反らす。


「あっ……ごめん……何でもないから……」

「キツいなら少し休むか?」

「……大丈夫」

「……そうか」


大きく深呼吸をして自らを落ち着かせようとしている馨を、流川は鋭い視線で見つめていた。


(やっぱり、アイツ……何かおかしい)


初めて湘北に来て、2年ぶり自分と対峙する形になったあの練習試合。

あの時の馨は自分を目の前にして攻めてはこなかった。

今は1on1をしているが、あの時と同じ僅かな違和感。


(何考えてんだ……。俺は……いつだって本気だ。だから、お前も本気でかかってこい、馨)


流川は馨の背中に、強く願いを込めた視線を送っていた。





つづく


2023.05.07

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