#23 Reset me
視界には自分を見つめる相手の姿しか映っていなかった。
フロアが静かなのは判っていた。
が、聴覚に意識は向いておらず、誰かの話し声は聞こえたが、内容までは解らなかった。
正確には意識が目の前の人物に集中していて、頭に内容は届いていなかった。
その代わり、脈打つ自分の心臓の音が大きく聞こえてくる。
胸が締め付けられるような、高鳴っているような…
高揚と緊張が入り交じる。
そんな中、馨は神経を研ぎ澄ますようにふーっと息を吐き、目を閉じる。
ゆっくりとしたドリブルの音だけが聞こえてくる。
規則的に聞こえてくる音に呼吸を合わせ、心の中を落ち着かせていく。
乱れた線を、真っ直ぐの線にするように…
目を開けようとした時、真っ暗な瞼の裏に一瞬、駆け巡るように映ったものがあった。
いくつかの、気持ち悪い、薄ら笑い…
「!!!!」
見覚えのあるその表情に体中にゾワッとしたものが走り、痺れるような感覚が体中を襲った。
思い出したくない、その表情。
自分を苦しませていた表情…
今は頭の中に残すまいと、瞼の裏に映った映像を消す為、ギュッと目に力を込める。
その時、流川が口を開いた。
「どっちからやる」
その言葉にハッとなり、目を開くとボールを差し出す流川の姿があった。
どちらが先に攻めるか…
その決定権を馨に委ねていた。
「じゃあ、楓から…」
「…わかった」
了承した流川は持っていたボールを馨に軽くパスで渡す。
馨はボールを受け取り、見つめる。
…今はこのボールに、目の前にいる人に集中しよう、と念を込める。
流川の目を見て僅かに頷いた馨は1回ドリブルした後、両手でパスを出す。
両手で受け取った流川は、腰を落とし、そのままボールを下に構えると、目付きを鋭くさせた。
馨もすぐさま姿勢を落とし、迎え撃つ。
(楓……)
(……馨)
((……勝負だ…!))
二人の声に出さない合図でゲームスタートとなった。
流川はボールを動かさないまま、馨の目を見る。
馨もまた、流川の目を見て意識を集中させていく。
視線はどう動くか…僅かな動きにも即座に反応できるように身構える。
中学の頃と違って、今は身長差が20センチ以上ある。
馨にとっては不利な相手。
それでも馨はそれを言い訳にしたくはなかった。
身長差はあっても、動きの速さでカバーできれば…
(今までずっと一緒にやってきたんだ…だから、大丈夫…)
馨は自分に言い聞かせた。
一方の流川は全力でぶつかっていく気持ちでいっぱいだった。
身長差やパワーの差はないものだと捉えていた。
自分の憧れの土地でバスケをしてきたであろう馨。
どう変わったのか、そして自分に対してどう挑んでくるのか…
他の誰かとのプレイで見るのではなく、自分とプレイをして、自ら確かめたくて仕方がなかった。
構えたまま動かず互いに視線を反らさない二人に対して「いつ動くか…」と誰しも思った瞬間だった。
流川のバッシュがフロアを鳴らした。
(動いた…!!)
腰を落としたまま、小さくドリブルを始めた流川に、馨は一歩下がった位置から身構える。
左右どちらに仕掛けてきてもすぐさま反応てまきるように、流川の体の動きに合わせて足を動かす。
流川は時折足の間にボールを通すレッグスルーで、隙を作ろうとする。
じわりじわりと二人の位置がゴール下に移っていく。
(そろそろくるか…)
一歩踏み出したと同時に馨にドライブで仕掛ける。
脇をすり抜けようとした流川に対して、馨はそうはさせまいと腕を伸ばし、進路を妨害する。
そのままゴール下に向かう流川に、ピッタリと食らいつく。
「速い!」
「流川についていってる!」
周囲で見ていた面々が思わず声を挙げる。
「このまま強引に行くか!?」
そう思われた瞬間、流川は突如ボールと体を逆方向に転回。
「!!!!」
反射的に馨も急ストップするが、一瞬の遅れはディフェンスに大きな隙を作った。
馨が気づいて振り返った時には既に流川はシュートを打っており、ただ、リングに向かうボールを見送る事しか出来なくなっていた。
流川が打ったボールはリングに当たる事なくネットをくぐった。
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