#23 Reset me


(そうか…だからあのコ、あんなに熱心にストレッチを…)


彩子は休憩中にストレッチをしていた馨の姿を思い出した。

念入りに行っていたストレッチは、桜木との練習の為ではなく、流川との1on1の為だったんだ…と。

そういえば、部活後の自主練習の時にも、彩子が知る限り1on1をやっているのは見た覚えがない。

宮城のいう通り、あの練習試合のプレイを「1on1」と呼ばないのであれば…

それをあの二人が「1on1」と認識していないのであれば…

もし、湘北高校以外の場所でやっていたとしても、今、目の前で対峙している二人の空気感の異様さは納得できるものがある。

中学の時は居残って毎日のように二人でプレイしていたのを同じ中学出身の彩子は当然知っていた。

それほどまでやり合う相手だったのに、なぜ今までやらなかったのだろう。

中学の時以来、やっていなかったとしたら、2年ぶりに相手をすることになる。


(中学の時以来…?)


再び彩子の中で新たに疑問が生まれた。

最初に感じた「違和感」の理由はわかったが、次の疑問は「その原因は何なのか」というものだった。


(あの時の馨は最初練習に参加するのを渋っていた…中学の時のあのコじゃ、そんなの考えられない…)


自分の知ってる馨なら積極的にプレイをしたがったはず。

久しぶりに会った、小さい頃からずっと一緒に1on1をしてきた相手なら、尚更その思いは強いはず…


「リョータ、アンタが感じてた「違和感」が何なのか、私にもわかったわ…」

「ん?」

「馨はあんなプレイをするコじゃない…中学の時は流川相手に毎日のように練習してたんだもの、久々に会った流川との1対1を避けるなんて…おかしいわ」


宮城自身が感じていた「違和感」

同様の違和感が彩子の中に生まれた事を知った宮城は、彩子と共通の認識が出来たことに対して少し喜びを覚える。


「流川は知ってる通りガンガン突っ込んでくるヤツだ。そんな流川の相手をしてきた馨ちゃんが流川に対してあんなプレイをするとは到底思えないんだよね」

「ええ…。流川と対等にやってたんだもの、もっと積極的に攻めるプレイをしていたわ」

「そうか…」


宮城が思っていた通り、流川と馨のプレイは共通するものがあった。

積極的で、相手が強ければ燃えるタイプ。

それは負けず嫌いなゆえ…

昨日、居残って練習をしていた流川に、馨のプレイはどんなだったか聞いた。

流川はハッキリとは答えなかったが、こう言った。


「今の馨は、『馨』じゃねぇ…」


流川の言った言葉が宮城の口から思わずこぼれる。


「えっ?」


馨の呼び方の違いに気付いた彩子が宮城の顔を思わず見上げる。


「流川のヤツも言ってたんだ。今の馨ちゃんは、「違う」って」


宮城のこの言葉に、先程の宮城の発言は流川のものだったと彩子は理解する。

自分達が馨の違和感に気付くのだから、流川はいち早く気付いていたはず。

いつも相手に容赦などしない流川が、馨の変化を見逃すはずはない。

そして、馨自身も…

そんな流川のバスケを知っているはず。

自分のプレイが以前と違うという事を理解しているだろうし、流川にも見抜かれているというのは承知だろう。

だからこそ…

あのように誰も寄せ付けぬ空気を出しているのだろう。


「手出しは…無用って事ね…」

「そう」


息を飲む彩子の隣で宮城は小さく返事をする。




ゆっくりとボールをつき続ける流川を、桜木は壁にもたれ掛かりながら腕を組んで眺めていた。

同じく視界に入っている馨も同様に。


「流川から逃げている」


と自分に話した馨。

そんな馨に、


「アイツは待っている」


と話した。

そんな二人が目の前で対峙している。

流川は馨が向かってくるのを待っている。

馨は流川に向かおうとしている。

桜木はそんな二人を黙って見ていた。

隣にいた晴子が不安げに自分を呼んだ。


「桜木くん…」


どうしたらいいのか判らないでいるのが、表情で見てとれる。

二人に声をかけるべきなのか、それとも、このまま見守るべきなのか…

オロオロとする晴子に、普段なら安心させたくて優しく微笑む桜木だったが、桜木は表情を変える事が出来なかった。


「口出しは無用です、ハルコさん」


これは、真剣勝負……

もう一度小さく自分の名前を呼んだ晴子をそのままに、桜木は再び視線をフロアにいる二人に向けた。



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