#23 Reset me
気づいたら流川は目を覚ましていた。
部屋はまだ暗いままで、重い瞼を何とか開け時計を確認すると早朝の時間帯。
懐かしい夢を見た。
夢というより記憶。
馨にボールを譲らず、泣かせてしまった事がある。
その時の記憶が夢となって出てきたのだ。
あの時のボールは自室の空いている棚に何気なく置いてあった。
ボールに目が止まり、夢のことも相まって懐かしくなり、棚から取り出し手にとっていた。
ボロボロになって使い物にならないボールの姿は練習量の多さを物語っていた。
それだけ夢中でボールを追いかけていたんだなと改めて感じる。
一つしかないボールの取り合いは日常茶飯事で、喧嘩をすることも多かったが、一緒にプレイすればすぐに仲直りもできた。
……持った時の感触が懐かしい。
家の中ではボールをつくことは出来ないので、代わりにポンと軽く叩く。
表面はボロボロだが、空気は抜けてはなく、聞き馴染みのある音が鳴る。
このボールを親に貰ってからずっと、一つのボールを二人で追いかけていた。
代わり番こに行っていたシュートはいつの間にか1on1に変わっていた。
奪われては奪い返し、悔しさは達成感に変わっていき、そして互いを認めあった。
ただただ純粋に勝負をして……
今でもあの時間は楽しかったと流川は思う。
中学に入って体格やパワーに差が出てきていたが、それでも今まで通り変わらず自分とバスケをしてくれるのが嬉しかった。
体格差ゆえ、自分の方が有利だったのにも関わらず、真っ向勝負をしてきた馨。
その「いつも通り」がどれだけ輝かしい時間であったのだろうと思い返す。
馨がアメリカに行ってから今までの間、1on1は一度も行っていない。
アメリカから帰ってきた馨に勝負をけしかけた事はある。
湘北に初めて訪れた時の紅白試合、1on1の状況になったにも関わらず上手くかわされてしまった。
『お前にも負けたくない』だから勝負しろ、とストレートに切り出した時は、無理だと逃げられた。
……以前は毎日のように行っていた馨との1on1……もうあの時のような勝負は出来ないのだろうか……
今は中学の時より身長差はあるし、パワーも比べるまでもない。
馨は言っていた。「勝負にならない」と。
確かにその通りなのかもしれない。
昔と比べると勝負をするには色んな「差」が大きすぎる。
だけど……
一緒にプレイしてきた充実した時間だけは取り戻したかった。
そう思った時、胸がズキリと痛む。
切ない、とはこんな気持ちなのだろうか。
悲しさ、寂しさ、それらが全て混じった感じだ。
言葉にして表すと恥ずかしさがある言葉だが、それ以外の感情は思い付かない。
感情を紛らわせるように流川は再びボールを優しく叩く。
ボールの音を聞いているうち、弱気だった自分の気持ちが不思議とだんだん強気になっていく。
(いや、違う……)
最後に強めにボールを叩く。
(……アイツは、そんなヤワな奴じゃねーはずだ)
馨の奥底には自分と同じ気持ちがあることを流川は知っている。
『誰にも負けたくない』
という気持ちが。
昔からそんな気持ちで二人でバスケをしてきたから……
今、馨が弱気なのは中学2年の時の稲村との出来事と……きっとアメリカでも何かあったのかもしれない。
口では無理だと言っているが、きっと馨の奥底にまだ「誰にも負けたくない」という気持ちが残っている、そう思いたい。
「勝負はしたくない」と本心から思っているわけではないと……
母曰く「行動と気持ちが似ている」、そんな自分達だ、馨も自分と同じ気持ちでいると信じたい。
『以前のようにプレイしたい』と。
気持ちがリンクしているなら、この思いもリンクしていて欲しいと願わずにはいられなかった。
流川は手に持っていたボールをそっと床に転がらないように置く。
閉まっているカーテンを開けると外はまだ薄暗い。
今日は海岸まで行ってランニングでもしようか……
そう思った流川はジャージに着替え、携帯音楽プレイヤーをポケットに忍ばせ、静かに部屋を出た。
……これは馨が流川の部屋を訪れる前の日のこと。
何気なく転がしたボールをきっかけに、変わり始めていく……
.
部屋はまだ暗いままで、重い瞼を何とか開け時計を確認すると早朝の時間帯。
懐かしい夢を見た。
夢というより記憶。
馨にボールを譲らず、泣かせてしまった事がある。
その時の記憶が夢となって出てきたのだ。
あの時のボールは自室の空いている棚に何気なく置いてあった。
ボールに目が止まり、夢のことも相まって懐かしくなり、棚から取り出し手にとっていた。
ボロボロになって使い物にならないボールの姿は練習量の多さを物語っていた。
それだけ夢中でボールを追いかけていたんだなと改めて感じる。
一つしかないボールの取り合いは日常茶飯事で、喧嘩をすることも多かったが、一緒にプレイすればすぐに仲直りもできた。
……持った時の感触が懐かしい。
家の中ではボールをつくことは出来ないので、代わりにポンと軽く叩く。
表面はボロボロだが、空気は抜けてはなく、聞き馴染みのある音が鳴る。
このボールを親に貰ってからずっと、一つのボールを二人で追いかけていた。
代わり番こに行っていたシュートはいつの間にか1on1に変わっていた。
奪われては奪い返し、悔しさは達成感に変わっていき、そして互いを認めあった。
ただただ純粋に勝負をして……
今でもあの時間は楽しかったと流川は思う。
中学に入って体格やパワーに差が出てきていたが、それでも今まで通り変わらず自分とバスケをしてくれるのが嬉しかった。
体格差ゆえ、自分の方が有利だったのにも関わらず、真っ向勝負をしてきた馨。
その「いつも通り」がどれだけ輝かしい時間であったのだろうと思い返す。
馨がアメリカに行ってから今までの間、1on1は一度も行っていない。
アメリカから帰ってきた馨に勝負をけしかけた事はある。
湘北に初めて訪れた時の紅白試合、1on1の状況になったにも関わらず上手くかわされてしまった。
『お前にも負けたくない』だから勝負しろ、とストレートに切り出した時は、無理だと逃げられた。
……以前は毎日のように行っていた馨との1on1……もうあの時のような勝負は出来ないのだろうか……
今は中学の時より身長差はあるし、パワーも比べるまでもない。
馨は言っていた。「勝負にならない」と。
確かにその通りなのかもしれない。
昔と比べると勝負をするには色んな「差」が大きすぎる。
だけど……
一緒にプレイしてきた充実した時間だけは取り戻したかった。
そう思った時、胸がズキリと痛む。
切ない、とはこんな気持ちなのだろうか。
悲しさ、寂しさ、それらが全て混じった感じだ。
言葉にして表すと恥ずかしさがある言葉だが、それ以外の感情は思い付かない。
感情を紛らわせるように流川は再びボールを優しく叩く。
ボールの音を聞いているうち、弱気だった自分の気持ちが不思議とだんだん強気になっていく。
(いや、違う……)
最後に強めにボールを叩く。
(……アイツは、そんなヤワな奴じゃねーはずだ)
馨の奥底には自分と同じ気持ちがあることを流川は知っている。
『誰にも負けたくない』
という気持ちが。
昔からそんな気持ちで二人でバスケをしてきたから……
今、馨が弱気なのは中学2年の時の稲村との出来事と……きっとアメリカでも何かあったのかもしれない。
口では無理だと言っているが、きっと馨の奥底にまだ「誰にも負けたくない」という気持ちが残っている、そう思いたい。
「勝負はしたくない」と本心から思っているわけではないと……
母曰く「行動と気持ちが似ている」、そんな自分達だ、馨も自分と同じ気持ちでいると信じたい。
『以前のようにプレイしたい』と。
気持ちがリンクしているなら、この思いもリンクしていて欲しいと願わずにはいられなかった。
流川は手に持っていたボールをそっと床に転がらないように置く。
閉まっているカーテンを開けると外はまだ薄暗い。
今日は海岸まで行ってランニングでもしようか……
そう思った流川はジャージに着替え、携帯音楽プレイヤーをポケットに忍ばせ、静かに部屋を出た。
……これは馨が流川の部屋を訪れる前の日のこと。
何気なく転がしたボールをきっかけに、変わり始めていく……
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