#23 Reset me

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リングが高い。

両手にボールを持ったまま、流川はリングを見上げる。

跳べば手が届くはずのリングが、遥か頭上にある。

いつもの様に跳んでも到底届きそうにないのは一目瞭然。

リングはあんなに高かっただろうか……いや、もっと近かったはず。

不思議な現象に疑問を抱きながらもゴール下からシュートを打つが、ボールはリングに届くまでもなく下へと落ちる。

普段ならこんな近い位置からのシュートなど意図も容易く入れることができるのに……


(おかしい……)


その後、いくらシュートを放っても結果は変わらず、次第に苛立ちと悔しさが込み上げてくる。

何故、何故入らない。

こんなこともできないのか……

地面に虚しく転がるボールを恨めしげに拾うと後ろに人の気配を感じた。


「ねぇ、かえで」


呼ばれて振り向くと女の子が両手をこちらに向けて差しのべている。


「そろそろこうたいしてよ。わたしもやりたい」


不満を全面に出した顔で自分の持つボールを受け取りたいと言わんばかりに両手を更に前へと出してくる。

この少女には見覚えがある。

顔も幼く、等身も低いが、これは間違いなく……


「かおる?」


馨で間違いないのだが、目の前にいるのは幼稚園の頃ぐらいの「かおる」だ。

そんな「かおる」と同じ目線の高さの自分。

自分も「かおる」と同じ年の頃になっていると本能で認識する。

なるほど、リンクが高く見えたのはそういうことか……



……流川は夢を見ていた。

いつ眠ったのだろうか……帰宅してすぐだろうか……

練習で疲れてベッドに横になったところまでは覚えているが……

夢というものは不思議なもので、現実の世界線とは違った世界線にいるにも関わらず、何故かすんなりとその状況を受け入れてしまう。

流川は幼い頃に戻った夢の中の自分を、いつの間にか何の違和感もなく受け止めていた。

そして、ここが夢の世界だということをいつの間にか忘れていた。

ここにいるのは…バスケを始めたばかりの自分達だ、と。


「ねぇかえで、かわってよ」


かおるの頬が不満で膨らむ。

……ずっと待っていたのだろうか。

持っているボールをすぐ渡した方がベストなのは判っているが躊躇ってしまう。

一度も入らないシュート、せめて一度でもいいから決めたいのに……

ボールをグッと構え、かおるの訴えを無視してもう一度シュートを打つ。

ボールはリング下に当たってしまい、跳ね返った勢いで遠くに転がっていってしまった。


「ずるい!!」


背後からの突然の大声に体が跳ね上がり、振り返るとかおるの目が涙で潤んでいた。

涙が目にどんどん溜まっていき、留まることができなくなった涙はポロポロと零れ落ちていく。


「ずっと……まってるのに、わたしだって、やりたいのに!」


かおるの声が嗚咽により震えている。

そして堪えきれなくなり、とうとう声をあげながら泣き出してしまった。

感情を爆発させるように大きな声で泣くかおるに戸惑ってしまう。


(しまった…)


……泣かせてしまった。

泣き声の大きさに困惑しながら、急いでボールを拾いに行き、直ぐ様かおるの目の前に差し伸べる。


「…ごめん」


かおるは差し出されたボールを見て泣き声は止まったが、涙はすぐには止まらず、なんとか堪えようとしている。

しかし、一端出た涙は本人の意思とは裏腹にポロポロと零れ落ちていく。

差し伸べられたボールを受け取りながらもかおるの嗚咽は止まらない。

そんなかおるを見て申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになる。

素直にボールを渡してあげればこんなに泣かせることにはならなかったのに……


「……ごめん、かおる」

「うっ……ひっく……」

「ごめん……もうなくな」


そっとかおるの頭を撫でると溢れる涙を腕で拭いては泣くのを必死で抑えている。


「かわりばんこ、しよう」

「ほんとう?」

「あぁ。こんどは、かおるのばん」

「……うん!」


かおるは涙ながらにニッコリと笑った。


「じゃあ、わたしのばんね!そしたらつぎは、かえでのばんだからね!」

「うん」


さっきまでの泣き顔はどこへやら、かおるは嬉しそうにボールを打つ。

シュートはやはり入らなかったが、それでも楽しそうだった。

……泣き止んでよかった。

かおるの笑顔を見てホッとする。

もう、泣かせなくはない……こんな気持ちになるのはもう嫌だ。

泣かせるようなことは止めよう。

悲しい思いはもうさせたくない。

かおるのシュートが決まったところで流川はそう考えていた。


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