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#23 Reset me

廊下の明かりが逆光になっていて、流川から見ても馨の顔はぼんやりとしてよく見えなかった。

先程まで半睡状態だった目は薄明かりでさえ眩しく感じて、視覚も本調子ではない。

しかし、頭の中は何故かスッキリしていて寝起きの悪い自分でも不思議に思う程だった。

逆光で影の様に見える馨の姿は、言葉に詰まっている素振りを見せ、ソワソワして落ち着きがない。

その事に気づいた流川は声をかけずにはいられなかった。


「何かあったのか」

「……っ」


淡々と聞く流川に馨は心の中で叫んだ。

「沢山ある、話したいこと…話さなきゃいけないこと沢山ある!」

と。

馨は俯いていた顔を上げ、流川の目を見てそう訴えるも、やはり声には出なかった。

ここまできても言葉に出せない自分の不甲斐なさに自然と握り締めた拳に力が入る。

全て、全て話してしまえばいい。

自分の思いを。

喉から出かかっているこの思いを…

そう思えば思う程、自分の中の様々な思いや感情が渦巻いていく。


「何があった。言ってみろ、聞いてやる」


流川には馨の心の叫びが聞こえているかのようだ。

馨の中で込み上げてきたものが目から溢れそうになる。

息が詰まるような感覚だ。

この人は、きっと自分を受け止めてくれる。

だから、今まで言えなかったことを…

伝えられなかった感情を、出してしまおう…

そうやって自分自身に納得させる。

何から話していいか、頭の中で整理がつかないまま、馨はやっとの思いで声を発する。


「あのっ、私…っ」

「今日の事は怒ってねーっつったろ」


馨の声と流川の声が重なる。


「えっ?」

「何…?」


自分の声と重なって互いに何を言ったのかはっきりとよく解らなかった。

僅かな静寂の後、流川が決まりが悪そうに頭をかく。


「だから…今日の事は別に怒ってねーって…」

「今日?」

「その事を言いにきたんじゃねーのか」


流川と馨の思考が噛み合っていない。

流川の話の対象は馨が先程まで考えていた事ではなく、今日の部活終了以降の事だった。


(今日の、事…か)


話が噛み合っているようで噛み合っていなかった事実に、馨は体から一気に力が抜けていくのがわかった。

崩れ落ちこそはしなかったものの、感覚としては床に手をついてしまっても可笑しくはないくらいの脱力感だった。

それと同時に自分の中で込み上げてきた感情が吹き飛んでいってしまった。


「別に、俺は怒ってなんかねー。だからそんなにビクビクすんな」

「だって…」

「俺が怒ってるように見えたのか」

「いや、そうじゃなくて…」

「だから黙ってたんじゃねぇのか?」


流川はため息をつき、再び頭をかく。


「怒ってねぇよ…」

「……」


穏やかで優しい声だった。

まるで、幼い子供にそっと話しかけるような…

先程まで部屋中を漂っていた張り詰めた空気はそこにはなかった。


「だから、気にすんな」

「楓…」


会話のすれ違いこそあったものの、馨の気持ちは少し軽くなっていた。

話の対象は違えど、流川の馨に対する言葉の一つ一つが、馨の抱えていた事に対して言われているように聞こえたから。

馨の中で流川の言葉が再生されていく。


『言ってみろ、聞いてやる』

『俺は怒ってなんかねー』

『だからビクビクすんな』


動揺することないのだ。

彼ならきっと黙って聞いてくれる。

あとは、自分の心次第だ。

…不思議な感覚だった。

今まで心の中にあった混迷とした渦は綺麗にかき消えていた。


「あの後、何かあったのか」

「ううん。何もなかったよ。花道とご飯食べて本屋に寄っただけ」

「そうか…」

「あと、楓が怒ってるなんて思ってないよ」

「……そうか」


薄明かりに目が慣れてきたのか、互いのの表情が少し穏やかになったのが判った。

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