#23 Reset me


宮城と別れ、自転車に乗って自宅への帰り道を巡る。

少し冷えた空気が丁度良く、僅かに残っている体の火照りを癒やしていく。

街灯が辺りを照らしているが、昼とは違い薄暗くなっている道を横道に気をつけながら用心深く進んで行く。

…とは意識しつつも、頭の中では宮城に言われた事が気になってて仕方がなかった。


『お前もお前らしくガンガンいけばいいんだよ』


この言葉が頭の中で何回も繰り返し再生されていた。

遠慮してるところなんてあっただろうか…

思い当たることなんて考えつかなかった。

ふと、前方に人の気配を感じた。

よく見ると、真っ直ぐ伸びた道の先に人影が見える。

丁度、街灯の明かりが僅かに届いていない所を歩いているが体格から判断して男性のようだ。

前を歩く人物を追い抜くため、少しハンドルを切ろうとしたと同時に、その人物が街灯の明かりに照らされた。


「…チッ」


その人物が誰なのか明白になった途端に流川は舌打ちをする。

面倒くせー…、そう思った瞬間、後ろからくる自転車の気配に気づいたのか、赤い髪をした「ソイツ」は用心深げに振り返る。


「むっ…」


後ろから向かってるくのが自分だと判ったソイツは睨みを利かせながら体ごとこちらに向けてくる。

気づかなくていいのに…

素通りしてやろうかと思ったが、ソイツの横に自転車を停止させる。

素通りしたら大声で自分の名前を呼んで呼び止められそうな気がしていたからだ。

静かな場所で大声を出されたらたまったもんじゃない。


「……」
「……」


何も言わぬまま、睨み合う。

大した時間は経っていないのだが、沈黙の時間が妙に長く感じる。

自転車を止めてはみたものの、ソイツ…桜木は何も言わない。

こちらもコイツに用などないし、コイツも特に話す事はなさそうだ、と判断した流川はペダルに乗せた足に力を入れようとする。

漕ぎ出そうとした瞬間に、桜木は口を開いた。


「おい」


すぐ様、足に込めた力を抜く。


「……」


無言で桜木の顔を見る。

相変わらず睨みつけたような視線を送ってくる。

桜木も桜木で、要件があったわけではなかった。

自転車の気配に気付いて振り返ったら、その主が流川と判り、条件反射で眉間にシワが寄ってしまった。

てっきり素通りするものと思っていたら自転車を目の前で止めてきたので、むしろ驚いたくらいだ。

自分に用事があるとは到底思えない…そう思いながら流川の出方を伺っていた。

流川との睨み合いの最中、桜木の頭の中には、先程一緒にいた馨の姿が浮かび上がっていた。

頬杖をついて街中を眺める馨の姿が。

この男は理解しているのだろうか、馨の事を。

馨がアメリカに行った理由を。

そして知っているのだろうか、日本に帰ってきた理由を…

『私は逃げてるんだ、アイツから…変わろうと思っても何一つ変わってない…』

苦笑いする馨の顔を思い出す。


「おい」


一瞬前を見て、自転車を走らせようとする流川を思わず呼び止めてしまう。


「……」


流川は無言のまま、視線を桜木へと移す。

立ち去らず、無言の返しが流川の返事だと桜木は解釈する。


「…わからねぇな」

「は?」

「俺にはサッパリわからん」

「何がだ」


桜木はわからなかった。

馨と別れてからずっと考えていたがわからなかった。

この男が馨を理解している、その事がどう考えても理解できなかった。

人の事なんかどうでもいいような風に考えてること男が…



「テメーで考えろ、単純ヤローが」

「あ?」

「こっちは考えすぎてイライラしてんだよ」


訳の判らない事を言われて流川はハンドルを持つ手に思わず力が入る。

このまま自転車で轢いてしまおうか、そう思った時だった。


「あ、なるほど、わかった!」


桜木が手をポンと叩いてこちらを指差す。


「てめぇ、さては俺が一人で歩いてたから気になったんだろ」

「あん?」

「なるほど、俺と馨さんが一緒じゃないから…しかし残念だったな、馨さんは本屋に寄ってから帰るそうだ!」

「……」


何故か勝ち誇った様な桜木の態度と顔が鼻につく。


「この桜木に期待をしていたようだが…」

「関係ねぇよ」


最後まで言い終わらないうちに流川は言葉を被せる。

期待もなにも、そんなものは最初から持ち合わせていない。

何を根拠にそう思うのか理解不能だが、自惚れるにも程がある。


「てめー!ヒトがせっかく…!」

「るせーな、俺は何も聞いてねぇ」

「なにおう!?」


やはり自転車など止めなければよかった。

我ながら無駄な行動をしてしまった…

桜木に聞こえるほど大きなため息をつく。

そんな、わざとらしいため息に桜木の怒りのボルテージが上がっていく。


「てめーは本っ当に性格捻くれてんな」

「は?」

「人の事なんか気にしてねぇ、大馬鹿ヤロウだって言ってんだ!」

「んだと?」


桜木の言動はいちいち自分を苛つかせる。

何もしてないのに、何かと突っかかってくる。

今もそっちが話を進めておきながら、この言動である。

どうすれば気が済むのだろうか…


「あーあー!ダメだダメだ!人様の心遣いがわからんようなバカはもう知らん!」


桜木はそう言って制服のポケットに手を突っ込み、先に歩き出す。


「……」


桜木の背中を少し見たのち、流川は再びペダルを踏む足に力を込める。

ぐん、という感覚を感じ、初速からスピードを上げる。

このまま後ろから突き飛ばしてやろうと思ったが、更に面倒になりそうなのでなんとか思い留まった。

一瞬で桜木に追いつき、すぐ横を通り抜けた瞬間、目が合った。


「……」
「……」


ほんの僅かな時間、互いに無言だった。

そしてあっという間に桜木を置き去りにした。


(…どあほうが…)


流川は更にスピードを上げ、桜木の視界から姿を消した。

桜木は流川が見えなくなるまでその姿を睨みつけていた。


(フン、単純バスケ馬鹿が…)


少し髪が伸びた頭をかく。


「チェッ、冷血ギツネなんぞに話しかけるんじゃなかったぜ」


ふと空に視線を向けると、三日月が浮かんでいた。

ポケットに手を入れ、月を眺めながら歩き出す。

真っ暗な夜空に浮かぶ月は、欠けているとはいえ強い光を放っていた。

これが満月ならもっとキレイなのに…

そう考えていると急に鼻がムズムズしだし、盛大なクシャミが出た。


(夜は流石に冷えるな…)


一枚上着を用意しないとな…と思う桜木だった。

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