#23 Reset me


「なぁ流川、聞いてもいいか?」


体育教師にそろそろ帰るよう促され、宮城と二人でフロアのモップ掛けをしている時だった。

そろそろ終わる、と言うところで宮城はモップ掛けの足を止めぬまま流川に尋ねた。


「お前さ、いつからバスケ始めたんだ?」

「は?」


唐突な内容の質問に素で声が出てしまった。

思わず足を止めてしまった。

何故、今こんな質問をするのか…

同じく足を止めていた宮城の目は真剣だった。


「ミニバスからか?」

「小学校の行く前から…、本格的なのはミニバスからっすけど」

「…馨ちゃんもか?」

「そうですけど」

「…そっか」


宮城は少しずつ自分の疑問を解決していくように、一つ一つ質問を投げかける。

何かを確認したかったようで、「なるほどね…」と呟いている。


「流川、お前と馨ちゃんのプレイスタイルは、似てるのか?」

「……」


宮城の質問の意図が判らない。

しかし、何かが引っかかるような感覚があった。

黙ったままの流川に、宮城は仕方ねーなと言わんばかりに大きく息を吐く。


「ま、キョウダイって言っても性別も身長も違うからな、一括りにするのは違うんだけどよ。
でもまぁ…一緒にやってりゃ似てくるもんなんかなって。」

「……」

「やってる本人達にしたらわかんねーよな、そんな事。悪ぃな、変な事聞いて」


流川の中で、「もしかしたら」という気持ちが顔を出した。

宮城が聞きたい事は、自分も疑問に思っている事と同じなのかもしれない…と。

こんな事、察しがよすぎる、思い上がってる…かもしれない。

確証は持てなかったが、「もしかしたら」という気持ちは消せなかった。

もし…その意図が流川の考えるものと同じだとしたら…


「よく…わからねー…」

「……お?」


同じだとしたら…吐き出しておきたかった。


「似てんのかどうか、よくわからねー。だけど…」


今まで誰にも言う事はなかった。

誰かに言おうとも思わなかった。

言ったところで、どうしようもなかった。

どうして欲しい訳でもなかった。

だから、全て自分の中に閉じ込めておいた。

だけど…

本当は自分の中でくすぶり続けていて、行き場を失っていた。

いや、違う。

行き場を求めていたのかもしれない。

言っておきたかった、誰かに。


「今の馨は…、『馨』じゃねぇ…」


自分が知っているプレイとは違っている。

そして、自分が知っている「馨」とも違う。

アメリカに行った理由も、アメリカから帰ってきた理由も、この2年の間何があったのかも、何も知らずにいる。

今の馨は、馨ではない…

口にした途端、心の突っかかりが少し取れた様な感覚になった。



「そうか…」

「……」


宮城の納得したような返事で、宮城の意図としていたものに確証が持てた。

それは、馨のプレイの「違和感」だ。

馨が現れた日に行った試合形式の練習。

流川自身が感じた違和感を、宮城も感じていた。

自分より遥かに身長の高い相手を前に、明らかに怯んでいた。

自分との1対1の時は真っ向からぶつかってくるクセに、中に切れ込んでくる回数が少なかった。

流川と似ている容姿からの先入観なのかもしれない、とも思った。

でも、久しぶりに再会したはずの流川との勝負を馨は避けた。

ポジションの役割、プレイスタイルの違いからくるものとは違うと感じた。

今までずっと一緒にプレイしてきた相手と久しぶりにプレイするはずなのに、避けるのはおかしい…

根拠はなかったが、司令塔としての「勘」が違和感を感じ取った。


(そっか、やっぱあの時の違和感…)


…その勘は当たっていたようだ。

長年一緒にプレイしてきて、相手に対して遠慮して嘘など言うようなヤツではない流川本人が「違う」と言っているなら間違いないだろう。

自分との1対1の時、馨はガンガン突っ込んできた。

まるで流川本人を相手にしているように思える程だった。

性格が違うと思える二人だが、きっと根っこの部分は一緒で、似たような性格なのだろう。

負けん気が強くて、意地っ張りで…

そんな二人のプレイが似るのは当然なのかもしれない。

だから、どんな相手にも負けたくないと思っているはず…

それは、流川も、馨も。


「なるほどね。今の馨ちゃんは、馨ちゃんじゃないってね…」


違和感の正体が見えてきて宮城はニヤリと笑う。


「ま、らしくねぇのもお互い様ってか」

「は?」

「プレイで遠慮もくそも知らねぇオマエが、らしくねぇ事すんなってことだよ」

「…??」


宮城の言っている事がイマイチよく判らずに流川は眉間にシワを寄せる。


(らしくない??)


身の覚えのない事を言われて思考に合点がいかない。


「お前はお前らしくガンガン行けばいいんだよ、流川」

「…はぁ」


宮城の言葉に、とりあえず返事をする。


(はて…)


首を傾げながらモップを倉庫へと片付ける。


(らしくない?俺が?)


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