#23 Reset me
桜木の頭の中に先程交わした体育館でのやり取りが浮かんできた。
『また、何かあったんすか?』
『何か問題でも…』
(問題?悩み…?)
桜木の違和感は大きくなっていく。
なんだろう、この感じ。
どこかで覚えがある。
考えてみれば…と頭を捻る。
そう、それは…
確か転校初日もこんな感じだった。
何か問題事があっても何も言わずダンマリを決め込んでいた。
普段は明るくは振る舞っているものの、ふとした拍子に自分の心の世界に入り込んでいる時がある。
今日の練習の時もそんな感じだった。
何か解決したい事でもあるのだろうか。
思いつめるような事が。
そういえば…
初めて湘北高校の体育館に来た時もそうだった。
彼女が体育館に来た理由。
アメリカから帰国して初めて流川と再会したのはあの日だ。
バスケ部を見学したいと言いながらもバッシュを持ってきた、のにも関わらず、彼女は練習試合の誘いを最初は断った。
幼い頃から一緒にバスケをしてきた流川がいるにも関わらず、だ。
(ふむ…)
桜木は表情を変えないまま馨を見つめる。
(馨さんは言わないが、もしかしたら…この桜木に何か話したい事が…)
ここに来たのも、そもそも桜木が「何かあるのではないか」と言ったのがきっかけだ。
でなければ二人でここに来る理由はない。
でも、何故「自分」なのだろう…
何故自分が「この」立場なのだろう…
自分ではなく、もっと相応しい人物がいるのではないだろうか…
そう、もっと身近で、もっと分かり合える…
そんな「ヤツ」がいるのではないだろうか…
彼女にはそんな「ヤツ」がいるのに…
「素直にできない事でもあるんですか?それとも素直に言えない事でも…」
馨の視線は反れたままだ。
桜木はひと呼吸置いて、次の言葉を続ける。
「それは…ルカワのヤツに対してもですか」
「……」
馨の返事はなかった。
でも表情が僅かにに変わった。
何も言わないが、これは図星を付かれた時の「ヤツ」と同じ反応だ。
(やはり…)
桜木の読みは正解だった。
一人っ子の桜木には兄弟の繋がりというものがイマイチピンとこない。
赤木と晴子を見ていると、大事に思える存在なのだろう、というのは判る。
特に双子の繋がりは強く、「考えてる事が一緒」「息がピッタリ」という独自の出来事があるのは予備知識で知っていた。
タイミングが同じ、発言内容が一緒…とテレビでもやっていた気がする。
それ程二人の呼吸は一緒なのだと…
目の前にいる彼女は、無神経で無愛想で不可解で非常に不愉快な男と双子の繋がりだ。
ずっと一緒にバスケをしてきた、と彩子が言っていた。
これも互いの息と実力が合っていなければ続けられないだろう。
友達以上に強い繋がりでもあるのだろうか…と思ったところで、フッと水戸洋平達の顔が浮かんだ。
喧嘩に明け暮れた昔も、バスケの世界へ足を踏み入れた今も、ずっと変わらずつるんで一緒に騒いでくれる。
試合があれば応援に駆け付け…いや、試合がなくても体育館にきてヤジを飛ばしに来る。
2万本のシュートの特訓の時もなんだかんだ言いながら協力してくれた。
とても心強い存在だ。
自分の全部をぶつけられる。
そんな感じなのだろうか…彼女にとってあの不愉快な男の存在というのは…
あんな男の心情など理解し難いし、理解しようとも思わない。
むしろ理解できない。
考えるだけで虫唾が走るほど不愉快だ。
…が、彼女はそんなヤツの事を理解しているのであろう。
あんな無表情の男から何を理解するのかサッパリ判らないが。
でも理解しているからこそ対等に付き合っているのだろう。
あの男も無神経ながらも彼女の事を理解しているのだろう、と思う。
桜木が思いを巡らせている間、馨は窓の外の景色をジッと見つめていた。
駅前という場所だけあって、沢山の人が行き交っている。
足早に過ぎ去って行く人、談笑しながらゆっくりと歩いていく人…
その一人一人の行く末を見据えるように馨は眺めていた。
満席の店内は賑やかななままだったが、このテーブルだけは時間が止まったかのように静かだった。
「弱い人間だよね、ホント…」
馨は視線を変えぬまま、ドリンクを一口飲み、僅かに笑みを浮かべる。
「結局こうやって逃げてるんだ、アイツから。変わろうと思っても、思ってるだけで何一つ変わってない。2年の間、逃げてきてるだけ。私は強くもなんともない。決心しても結局は揺らいで…逃げてるんだ」
判ってはいるんだけどね、と微かに漏らす。
「……」
独り言のような呟き。
桜木に向けて言っているのか、自分自身に言っているのか…
桜木はそれを黙って聞いていた。
何を意味するのか、何の事情があるのか判らなかった。
が、その「事情」の先にあるのは「誰」なのかは判った。
アメリカに行った理由と戻ってきた理由…
そして自分相手に話をしている理由…
それだけ彼女にとって大きな存在だというのか、「ヤツ」は…
桜木もドリンクを一口飲む。
炭酸の刺激が喉に気持ちいい。
「俺は…よくわからねぇ…」
馨の視線は変わらない。
「兄弟とか、そういうのはいないですから、よくわからねぇ…」
「……」
馨からの反応はない。
「でも、あの野郎は待ってるんじゃねーかと思うんすよ。捻くれてるし、相手の事なんでどうでもいいとか思ってるような、人の気持ちなんぞちーっとも考えもしないヤツだけど…」
あの男の事を口に出すなんて、自分でも信じられなかった。
でも、馨には素直に言えた。
この一言は。
「ルカワはとんでもねーバスケ馬鹿だから」
馨が桜木に視線を移した時、彼の力強い目線がぶつかってきた。
真っ直ぐで、一点の曇りもない視線。
視線が合ったところで桜木がにっこり笑う。
「馬鹿だから他の事なんてからっきしなんすよ。この気遣いの桜木と違って!今頃、馨さんに置いてかれて一人で拗ねてるに違いねぇ!」
「…確かに」
馨も釣られて笑った。
「アイツは単純だからねー、今会ったら無視されるかも。それにしても花道はよく判ってるね、楓の事」
「ちょっ!やめてください!理解したくもねぇ!あんなヤロウ!!」
桜木は思わず立ち上がり、大きな音を立てて椅子を倒した。
周囲の視線を再び集めてしまい、しまった、と慌てふためく桜木に、馨は大声で笑って捲し立てた。
顔を赤くしながらこそこそと椅子に座り、桜木は照れ隠しにドリンクを一気飲みする。
馨も一息付く為にドリンクを一口飲む。
「馨さんも…」
桜木がコップを置きながら改まった声で言葉を選ぶように呟く。
「馨さんも、単純になればいいんすよ、アイツは、単純だし」
「単純…?」
「一つの事しか考えられねぇようなヤツだ、それに付き合えばいいんすよ」
「……」
思えば自分の中でグルグルと考えすぎていた。
今まで色んな人に檄を貰ったのに、「本人」を前にすると何も出来ずにいた。
怖さから逃げて、問題から目を反らして。
「…アメリカでもね、花道と同じ様な事言われたよ」
「アメリカ…?」
「そ、アメリカ。私はその為に戻ってきたのにね。何も言わないでアメリカに行って、何も言わないままここにいるの。ダメだね、これじゃ」
馨は大きく両腕を上げて伸びをする。
全てのモヤモヤを払うように、深く、伸ばす。
ダメなのは判っている。
行動に移さなければいけないのは判っている。
動かなければ…判ってはいるけれど…
.
『また、何かあったんすか?』
『何か問題でも…』
(問題?悩み…?)
桜木の違和感は大きくなっていく。
なんだろう、この感じ。
どこかで覚えがある。
考えてみれば…と頭を捻る。
そう、それは…
確か転校初日もこんな感じだった。
何か問題事があっても何も言わずダンマリを決め込んでいた。
普段は明るくは振る舞っているものの、ふとした拍子に自分の心の世界に入り込んでいる時がある。
今日の練習の時もそんな感じだった。
何か解決したい事でもあるのだろうか。
思いつめるような事が。
そういえば…
初めて湘北高校の体育館に来た時もそうだった。
彼女が体育館に来た理由。
アメリカから帰国して初めて流川と再会したのはあの日だ。
バスケ部を見学したいと言いながらもバッシュを持ってきた、のにも関わらず、彼女は練習試合の誘いを最初は断った。
幼い頃から一緒にバスケをしてきた流川がいるにも関わらず、だ。
(ふむ…)
桜木は表情を変えないまま馨を見つめる。
(馨さんは言わないが、もしかしたら…この桜木に何か話したい事が…)
ここに来たのも、そもそも桜木が「何かあるのではないか」と言ったのがきっかけだ。
でなければ二人でここに来る理由はない。
でも、何故「自分」なのだろう…
何故自分が「この」立場なのだろう…
自分ではなく、もっと相応しい人物がいるのではないだろうか…
そう、もっと身近で、もっと分かり合える…
そんな「ヤツ」がいるのではないだろうか…
彼女にはそんな「ヤツ」がいるのに…
「素直にできない事でもあるんですか?それとも素直に言えない事でも…」
馨の視線は反れたままだ。
桜木はひと呼吸置いて、次の言葉を続ける。
「それは…ルカワのヤツに対してもですか」
「……」
馨の返事はなかった。
でも表情が僅かにに変わった。
何も言わないが、これは図星を付かれた時の「ヤツ」と同じ反応だ。
(やはり…)
桜木の読みは正解だった。
一人っ子の桜木には兄弟の繋がりというものがイマイチピンとこない。
赤木と晴子を見ていると、大事に思える存在なのだろう、というのは判る。
特に双子の繋がりは強く、「考えてる事が一緒」「息がピッタリ」という独自の出来事があるのは予備知識で知っていた。
タイミングが同じ、発言内容が一緒…とテレビでもやっていた気がする。
それ程二人の呼吸は一緒なのだと…
目の前にいる彼女は、無神経で無愛想で不可解で非常に不愉快な男と双子の繋がりだ。
ずっと一緒にバスケをしてきた、と彩子が言っていた。
これも互いの息と実力が合っていなければ続けられないだろう。
友達以上に強い繋がりでもあるのだろうか…と思ったところで、フッと水戸洋平達の顔が浮かんだ。
喧嘩に明け暮れた昔も、バスケの世界へ足を踏み入れた今も、ずっと変わらずつるんで一緒に騒いでくれる。
試合があれば応援に駆け付け…いや、試合がなくても体育館にきてヤジを飛ばしに来る。
2万本のシュートの特訓の時もなんだかんだ言いながら協力してくれた。
とても心強い存在だ。
自分の全部をぶつけられる。
そんな感じなのだろうか…彼女にとってあの不愉快な男の存在というのは…
あんな男の心情など理解し難いし、理解しようとも思わない。
むしろ理解できない。
考えるだけで虫唾が走るほど不愉快だ。
…が、彼女はそんなヤツの事を理解しているのであろう。
あんな無表情の男から何を理解するのかサッパリ判らないが。
でも理解しているからこそ対等に付き合っているのだろう。
あの男も無神経ながらも彼女の事を理解しているのだろう、と思う。
桜木が思いを巡らせている間、馨は窓の外の景色をジッと見つめていた。
駅前という場所だけあって、沢山の人が行き交っている。
足早に過ぎ去って行く人、談笑しながらゆっくりと歩いていく人…
その一人一人の行く末を見据えるように馨は眺めていた。
満席の店内は賑やかななままだったが、このテーブルだけは時間が止まったかのように静かだった。
「弱い人間だよね、ホント…」
馨は視線を変えぬまま、ドリンクを一口飲み、僅かに笑みを浮かべる。
「結局こうやって逃げてるんだ、アイツから。変わろうと思っても、思ってるだけで何一つ変わってない。2年の間、逃げてきてるだけ。私は強くもなんともない。決心しても結局は揺らいで…逃げてるんだ」
判ってはいるんだけどね、と微かに漏らす。
「……」
独り言のような呟き。
桜木に向けて言っているのか、自分自身に言っているのか…
桜木はそれを黙って聞いていた。
何を意味するのか、何の事情があるのか判らなかった。
が、その「事情」の先にあるのは「誰」なのかは判った。
アメリカに行った理由と戻ってきた理由…
そして自分相手に話をしている理由…
それだけ彼女にとって大きな存在だというのか、「ヤツ」は…
桜木もドリンクを一口飲む。
炭酸の刺激が喉に気持ちいい。
「俺は…よくわからねぇ…」
馨の視線は変わらない。
「兄弟とか、そういうのはいないですから、よくわからねぇ…」
「……」
馨からの反応はない。
「でも、あの野郎は待ってるんじゃねーかと思うんすよ。捻くれてるし、相手の事なんでどうでもいいとか思ってるような、人の気持ちなんぞちーっとも考えもしないヤツだけど…」
あの男の事を口に出すなんて、自分でも信じられなかった。
でも、馨には素直に言えた。
この一言は。
「ルカワはとんでもねーバスケ馬鹿だから」
馨が桜木に視線を移した時、彼の力強い目線がぶつかってきた。
真っ直ぐで、一点の曇りもない視線。
視線が合ったところで桜木がにっこり笑う。
「馬鹿だから他の事なんてからっきしなんすよ。この気遣いの桜木と違って!今頃、馨さんに置いてかれて一人で拗ねてるに違いねぇ!」
「…確かに」
馨も釣られて笑った。
「アイツは単純だからねー、今会ったら無視されるかも。それにしても花道はよく判ってるね、楓の事」
「ちょっ!やめてください!理解したくもねぇ!あんなヤロウ!!」
桜木は思わず立ち上がり、大きな音を立てて椅子を倒した。
周囲の視線を再び集めてしまい、しまった、と慌てふためく桜木に、馨は大声で笑って捲し立てた。
顔を赤くしながらこそこそと椅子に座り、桜木は照れ隠しにドリンクを一気飲みする。
馨も一息付く為にドリンクを一口飲む。
「馨さんも…」
桜木がコップを置きながら改まった声で言葉を選ぶように呟く。
「馨さんも、単純になればいいんすよ、アイツは、単純だし」
「単純…?」
「一つの事しか考えられねぇようなヤツだ、それに付き合えばいいんすよ」
「……」
思えば自分の中でグルグルと考えすぎていた。
今まで色んな人に檄を貰ったのに、「本人」を前にすると何も出来ずにいた。
怖さから逃げて、問題から目を反らして。
「…アメリカでもね、花道と同じ様な事言われたよ」
「アメリカ…?」
「そ、アメリカ。私はその為に戻ってきたのにね。何も言わないでアメリカに行って、何も言わないままここにいるの。ダメだね、これじゃ」
馨は大きく両腕を上げて伸びをする。
全てのモヤモヤを払うように、深く、伸ばす。
ダメなのは判っている。
行動に移さなければいけないのは判っている。
動かなければ…判ってはいるけれど…
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