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#23 Reset me


「お疲れさんでしたっ!!」


外は既に薄暗く、部活動の時間は一区切りつけられた。

深々と一礼した後、各自一斉に水道場に移動したり用意されたドリンクを手にし、一息付く。

体中に篭った熱気を各々で冷ましていく。

流川も真っ直ぐ水道場に向かい、汗でびっしょりになったシャツを脱ぐ。

絞ると面白いほど流れ落ちる汗の量は練習のキツさを物語っていた。

もっと、もっと練習しなければ…

集中していると、あっという間に時間が過ぎていく。

もっと…もっと時間が欲しい。

シャツを握る手に力が入る。


「おーおー、すごい汗。お疲れ様!」


後ろから来た馨が目を丸くしながら覗き込む。


「…余裕そうだな」

「お陰様で」


桜木の基礎練習の指導、兼見張り役の馨の運動量は部員達と比べるまでもない。

軽く汗はかいているものの、走り回ってないだけあって息は上がっていない。


「あー、でも喉カラカラ!彩子先輩にメガホンないか聞いてみようかなぁ」


宮城や彩子とは別に、体育館の隅からそれに負けないくらいの馨の大きな声の鞭が桜木に飛んでいた。

そこにメガホンが追加されたら、と思うと五月蝿くてたまらない。


「やめろ、気が散る」

「……あ〜あ〜判ってないなぁ〜。熱血指導の賜物を。それにねぇ、お腹から声出すのって体力使うんだよ?」

「……」



明らかに含みを持たせたその言葉は自分への皮肉だすぐにわかった。


「さっ、どいたどいた」


そう言って流川を横に押しのけ、蛇口の前に割り込む。

ムッとしつつ流川は、顔を洗い始めた馨に反撃の意を込めて体を軽くぶつけ、何食わぬ顔で隣の蛇口をひねる。


「むっ…」


ワザとぶつけられたと解った馨は、頭から水を被っている流川を睨んだ後、肘で脇腹を強めにつっついた。


「んだよ……」

「別に〜」


意地の張り合いのような睨み合いが起こる。

そっちが先に仕掛けたクセに…

流川はそう思いながら頭にタオルをかけながら、やれやれとため息混じりに切り出す。

無駄な争いは、無駄でしかない。


「これから、どうする」


どうする、とは自分は居残って自主練するからお前はどうする、との意味だ。

馨は当たり前のようにその意味を読み取って片手を軽く挙げる。


「あ、今日はパス!これから花道と飲みに行くから!」

「…は??」


体感したことはないが、まるでこれから居酒屋にでも行くような口振り。

いつもなら居残って桜木の基礎練習やストレッチに付き合っているのに、考えもしなかった返答に思わず固まってしまう。


「ちょっとパァっとやってくるから!」

「…オヤジか、テメーは」

「と、いうわけで、今日は一人で帰りたまえ」


そう言われて肩をポンと叩かれる。

そのままクルリと方向を変えて更衣室へ向かおうとする馨を今度は流川が肩を掴む。

馨は急に引き止められて、その相手を見上げる。

流川の手に僅かながら力が篭もる。


「なんで、アイツと?」


意図としない返答もそうだが、意図としない相手の名前が出てきたのがどことなく気に入らない。

そして何より、何の迷いもなく自分の誘いを断られたのがどうも癪に障る。

馨はそんな心情を知ってか知らずか、意地悪そうに笑う。


「あ、もしかして、寂しい?」

「誰が」

「……」


目線をそらす流川に対し、少しだけ声のトーンを下げる。


「…怒ってる?」

「…別に」


そう言った後、すぐに体育館に向かう流川に馨はやれやれ…とため息をつく。


(素直に言えばいいのに…)


都合が悪くなるとすぐこれだ。

何も言わないで話を一方的に切り上げてしまう。


(いつもそうなんだから…)


そう思った直後、流川の背中を見ながら考えを改める。

違う…

…素直に言えずにいるのは自分も一緒だ。

そのやり口も先程の彼と同じ。

何も言わないで、一方的に…

似たもの同士、そういう所はお互い様だ。

どうしようもないな…と口角を上げる。


「意地張ってる場合じゃないってのはわかってるんだよ!」

「…なに?」


少し大きめの声で言うも、フロアにいた流川には内容までは届かなかったようだ。

別に届かなくてもよかった。

それは、自分自身に言ったようなものだから。

ポカンとしている流川に更に先程より大きな声で投げやりに叫ぶ。


「もう!なんでもないよ!」

「…変なヤツ」

「お互い様でしょ!」


そう言って馨は暗くなった廊下へ足早に消えていった。

姿が見えなくなったところで流川は深々とため息をつく。


「…意地張りやがって」


流川はそう言ってフロアへと向かった。


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