#23 Reset me
「よぉし!背中に違和感なぁし!天才桜木、本日も絶好調!」
上半身を捻った後、意気揚々に叫ぶ。
馨は高らかに笑う桜木の背中を見つめていた。
(背中のケガ、か…)
山王戦、桜木は背中を激しく強打し、痛めた。
立っているのもままならない程の激痛が走る中、彼は気迫と意地と根性で懸命にプレイした。
「勝ちたい」という一心で。
そのプレイは敵味方関係なく全てのプレイヤーを刺激した。
そして、彼は勝敗の決定打となるシュートを決めた。
山王戦を勝利で収めたが、ケガの代償はとても大きかった。
リハビリを必要とする程となった背中の損傷は、バスケから離れざるを得なかった。
短期間で劇的に成長した分だけ、今まで当たり前のように出来ていたプレイが短期間で出来なくなっていた。
リハビリは約1ヶ月。
たったそれだけの期間離れただけだったのに、桜木のプレイの技術はすっかり鈍ってしまっていた。
しかし、桜木は大きな物を手に入れていた。
それは「プレイヤー」としての自覚。
プレイヤーとして大きく成長した桜木は以前と比べるとだいぶ練習に集中できるようになっていた。
(大きい背中だ…)
馨にはそんな桜木の背中は堂々として大きく見えた。
流川と同じように気迫も感じる。
でも、流川と違って、どこか儚げにも見えた。
完治していない背中。
また無理をしたら再び痛めるかもしれないというリスク。
そして、桜木自身も痛感しているだろう自分のプレイの衰え。
自分のイメージとズレがある度に不思議そうに手のひらを「オカシイ」と見つめていた桜木。
「絶好調」と言いつつも「いや、もう少し」とストレッチを追加している桜木の背中を見ていると、彼の奥底にある不安が見えてくるようだった。
しかし、そんな気持ちを桜木は一切顔には出さなかった。
周りに自分の心境を悟られたくないのかどうかは知るよしもないが、桜木は普段通り高らかに笑い続ける。
桜木は必死だった。
自分の「栄光時代」を再び手に入れるために。
……
走り込みを見ながらストレッチをしていた桜木は、いつも通りナーッハッハッハと笑い、部員達の視線を集める。
「ミッチー!バテたんならもう引退したらどうかね?」
「バテててねぇっつってんだろ!!」
「ミッチーもこの絶好調桜木に全てを任せて受験勉強に勤しんだらいいのでは?」
顎をさすりながら悦に浸る桜木に流川は「誰が任せたんだ、誰が」と小声でツッコミを入れる。
流川の小声は三井の大声でかき消され、桜木には届かなかった。
「うるせー!だからこうして頑張ってんだろうが!」
勉強では到底赤木や木暮に及ばない分、冬の選抜で活躍してその雄志を大学に見せつけてやろうという考えらしい。
「俺は大学でもバスケやるんだよ!てめーは黙ってろ!」
「ぬ…」
「そーだ、てめーは黙ってろ、どあほう」
「ふんぬー!このキツネ!お前こそ黙ってキソ練習してろ!」
「今やってんだろうが、よく見てろ」
「なにおう!生意気な!」
流川にズンズンと腕まくりをする仕草をしながら突進していく桜木に、彩子のハリセンが飛ぶ。
「生意気なのはアンタよ!桜木花道!」
「ぐっ…アヤコさん…しかし…」
「しかしもヘチマもない!アンタはあっちで馨と基礎練習!」
馨はプッと吹き出した。
本当は声を上げて笑いたいところだったが、彩子のハリセンの餌食になりたくないので口元を抑えて堪える。
(やっぱり面白い…)
ギャーギャーと煽り合いながら桜木を残して走って行く面々。
桜木は「ちくしょー、見てろよ」とギリギリしている。
(花道を奮い立たせてるのは色んな要因があるんだろうね…)
その「要因」の一つである人物の奔る姿を馨は目で追う。
彼もまた試合中に成長した人間だ。
沢北という圧倒的な「壁」にぶち当たり、一度は折れたものの、それでも乗り越えようともがき、そして大きな一歩を踏み出した。
(私も、踏み出さないとなぁ…)
思わずふぅっと息を吐き出したところで流川の視線がチラリと馨に向けられた。
ほんの一瞬の視線に馨は気づかなかった。
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