#23 Reset me
耳でお気に入りの洋楽が流れる。
夜の気配がまだ感じられる早朝の街中を自転車で一気に走り抜け、夜の冷たさを頬で感じる。
昼はまだ穏やかで過ごしやすいが、朝晩の気温は少し肌寒く感じるようになってきた。
そんな空気を感じながら誰もいない緩やかな坂道を一気に下ると目の前に海が広がる。
朝日が顔を出し始め、徐々に海を照らし明るさを取り戻していくのが視界に入る。
海岸線は白く霞がかっており、空と海との境界線がわからなくなっている。
海には既にサーファー達が海に入っていて波がくるのを待っていた。
自転車を止め、イヤフォンを外すと波の音だけが耳に入ってくる。
砂浜へと降りると砂が湿っていて少し硬くなっており、今日は走りやすそうだな…と足で感触を確かめながら海の際まで歩いていく。
目の前にある江ノ島の深い緑の上に旋回するトンビが見える。
砂浜へ打ち寄せる波の高い音と、海で砕ける波の低い音をBGMに流川は江ノ島を背に海岸線を走り始める。
走るのと同時にサラサラとした髪がリズミカルに揺れる。
時に海風が髪を舞い上げていく。
…海を走るのは好きだ。
足元が不安定な砂浜は普通に走るより体力を使う。
中学の頃から走っている見慣れた風景だが、飽きることはなかった。
なにより好きなのは…時折吹く海風が気持ちいいからだ。
適度な湿気を帯び、海で冷やされた海風は流れた汗に心地よい。
烏帽子岩が見える海岸を無心で走って行く。
何も考えず…何も思わず…
この感覚もまた気持ちがいい。
流れる汗を気にすることなく湘南の海岸を走って行く
どれ位走っただろう…、ある程度まで走ったところで折り返し、再び江ノ島に近い場所に戻ってくる。
「…ふーーーーっ……」
深く息を吸い、全て吐き出すように息を吐く。
顔を汗が伝っていくのがわかる。
緩やかな海風が体の熱を穏やかに奪っていく。
流川は顔を上げ、息を整えながら海風を感じていた。
気づけば太陽は完全に海から顔を出している。
いつもと変わらない風景…
変わったといえば江ノ島に立つ塔だろうか。
老朽化で建て替えるとかで隣に新しい塔が建設されていて、近々古い塔は取り壊されるらしい。
いつも見ている物がなくなると思うと少し寂しく感じる。
「……む」
そういえば海岸に足を運んでも江ノ島にはあまり行かないな…と気づく。
いつも砂浜を走っているから今日は江ノ島にも登ってみようか…
そう思うと同時に流川は江ノ島へと通じる弁天橋に向かって走り出していた。
観光客や参拝客で賑わうこの場所も、早朝はとても静かだ。
橋を渡る車も人も今はいない。
橋の両側はキラキラと眩しく輝く海が広がる。
海上を渡る橋の上からだと潮の香りが一層強く感じることができる。
(気持ちいい…)
そう思いながら走る。
橋を渡り、青銅の鳥居をくぐり抜けるとまだ静まり返っている仲見世が連なっていた。
坂道の先には神社へ向かう急な階段があり、駆け上がる。
鳥居を抜けた先に歴史を感じさせる神社が建っていた。
流川は弾む息のまま賽銭箱の前に足を運ぶ。
(オサイセン、ねーけど…)
少し申し訳ないと思いつつも、しないよりマシだろう、と、二拍手したのち手を合わせる。
何かを願う訳ではないが、こういう場所のピンと澄んだ空気と雰囲気は気持ちが引き締まる感じがして嫌いではない。
ふうっと息を吐いた後、再び坂道と階段を登る。
緑色に苔生した石垣に、茂る木…海とは違う湿った土と木の香りがする。
海にあるはずなのに、ここは山の空気が漂う。
海に囲まれながら山の雰囲気を持つ江ノ島。
不思議な場所だ、と思う。
空気は澄んでいるが、木に遮られて海風は感じられない。
坂道と階段が続くだけあって、平地を走るのとは違った体力を使う。
少し湿り気のある階段に注意しながら全力で一気に駆け上がっていく。
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