#22 旅路
ボンヤリしながら自室で部屋着に着替える。
日が落ちて肌寒くなった部屋を脱出して暖かな居間に戻りたいと思いながらも、考え事をしながらの行動は動作を遅くさせる。
いつもに増してボンヤリしている理由は馨からの電話だった。
何故、何の為に、どういう用件で…
考えても検討がつかなかった。
母は何も言わなかったが、
『何の用件もないのに電話するわけがない』
と言っていたから何かの用件があってかけてきたようだ。
それにしてもどういう用件だったのだろう。
何かの報告だろうか。
母は知っているはずなのに、どうして自分に教えてくれないのか…
いい報告なら、あの母親の事だ、いの一番に伝えてくるに違いない。
『いい報告』なら…?
「……」
まさか、と一つの疑念が生まれた。
と、同時に葵の言葉が脳裏に蘇ってくる。
『寂しいんでしょ、馨も』
寂しい?
(寂しい?馨が?)
寂しいと思ってるなんて冗談だとは思ったが、もしそれが理由の大元で電話をしてきたとしたら…、という考えが浮かび上がってくる。
ならば、敢えて母が何も言わなかった理由も納得がいく。
馨に対してマイナスになるような事は言わないはず。
そしてまた言葉がよぎる。
『リンクするところ、沢山ある』
『言葉じゃなくて行動と気持ちが』
『ホント無自覚なのね』
察しがよくて常に一枚上手の母親の謎かけの様な言葉…
そして『どうにかなんとかやってる』という共通の答え。
(リンクしている…)
流川は今の自分の気持ちを一つの一つ思い返す。
今の心境、今の状況。
馨と同じ、だと言われた言葉を発した時の気持ち…
(行動と気持ちが、リンク…?)
同じ?気持ちが?
もしかして…今の自分の気持ちが、自分と同じ状況が、向こうにも起こっている…という事なのだろうか。
…悩み苦しみ、もがいているのではないか。
そう導き出したところで、ハッとなる。
ゆっくり溶ける氷の様に、流川の中で疑問が解けていく。
「今の自分はどうか」という問いに対して、「どうにかなんとかやっている」という自分の答え。
その時の自分と同じ心境で馨は答えたと。
今の自分に取り巻く状況が、馨にもあると。
だから母は「行動と気持ちがリンクしてる」と言ったのだろう。
正しい答えは判らないが、多分そういう事で合っていると思う。
合点がいき、気持ちがスッと落ち着いたようになった。
自分の母は鋭い。
何も言わない自分に対して、心が見えているかのように接してくる。
母曰く「とてもわかりやすい」そうなのだが、どうわかりやすいのか自分では判らない。
色々と干渉してこない母親は馨の事も深くは聞かなかったのだろう。
何があったのかとても気になるが、馨自ら言わなかったのだからきっと言いたくなかったのだろう。
アメリカに行った理由もそうだった。
馨は何も言わなかった。言ってくれなかった。
そして、行くことをやめなかった。
でも、心の奥底では聞き出したかった。
何がそこまでそうさせたのか、アメリカで何をしたかったのか。
理解し、共有したかった。
そして、しっかりと引き止めたかった。
でも、自分には出来なかった。
自分と馨の思考は似ている。
言わない、と言うのは「言いたくない」という事だ。
言いたくない事に対して深く聞かれたくない気持ちは理解できる。
自分自身もそうだから。
だから無理に聞くような事はしたくなかった。
…無理に引き止めることも出来なかった。
「アメリカに行きたい」という気持ちを無理矢理にでも納得してやることしか出来なかった。
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