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#22 旅路


「もう少し後にかければよかったのに。帰ったらかけ直させようか?」

「えっ?…ううん、いいよ。明日出かける用事あるし、もう少ししたら寝るから」

「あら、いいの?」


葵の提案に一瞬迷ったが、向こうからかけてくるとなると何となく気まずいというか気恥ずかしさがあった。

明日は広場に行こうと考えていた。

海が見たくて夜中に家を飛び出して、気付けば明け方近くまで眺めていた。

父が帰ってくる前までに家に帰ったが、「夜更かししてたから」と昼前まで寝ていた。

その後ずっと家にいたけれど、きっと広場ではリサとソフィアがいたはずだ。

きっと心配しているに違いない。

明日は昨日の事を謝らなければ…

だから早めに行って二人を待っていようと思っている。

一瞬暗い気持ちになったところに、葵のウキウキとした声が耳に届く。


「そうそう!楓と言えばね…なんと、キャプテンに選ばれたのよ!」

「キャプテン!?バスケ部の?」

「当たり前でしょ。長谷監督に是非にって頼まれたんですって!」

「へー!」


そういえばもうキャプテンが決まっている季節だったと今更ながら思い出す。

そうか、アイツがキャプテンに…

無口で人との繋がりを苦手とする流川楓という人物にチームを引っ張り守り立てていく役目を頼むとは、長谷監督もなかなかニクイ人選をしてくれる。

あの戦略高い長谷監督のことだ、あえてそういう役目を勤めさせて、選手として且つ人間的にも成長させてやろうという目論みがあるように思えてならない。

でも、流川の方は素直に「やります」と即決は出来なかったはずだ。

そんな姿は全く想像出来なかった。

だからといって「出来ません」と後ろ向きな事を言える人間でもないことも知っている。

どうすればいいのか、きっと悩んだはずだ。


「珍しく神妙に考えこんでたわよ」

「そっか…」


馨の思っている事に答えるかのように葵が言う。


「でも引き受けたんでしょ?」


面倒な事には首を突っ込まない、そんな男が首を縦に振るなんて。


「…らしくないって言ってやったら何か吹っ切れたみたいだけどね。難しく考えるの苦手な癖に考え込むから余計判らなくなるのよ」

「らしくない、か。確かにらしくないかもね」


フフッと笑いつつも胸がチクリと痛む。


(らしくない、か…)


自分も難しく考え込むのはらしくないのかもしれない。


「馨は?」

「ん?」

「馨はどう?」

「どうって?」

「全く…大丈夫かって聞いてるの」

「……」


葵の問いに即答で「大丈夫だよ」と言えずに言葉が詰まってしまった。

胸を張って言えない心境にいる自分自身が悲しくなる。

この一瞬の間が察しのいい母にどう伝わっただろうか。

少しでも悟られないよう元気を装って答える。


「まぁね、どうにかなんとかやってるよ」


…言ってしまえば楽だったかもしれない。

言葉に慣れない事、そして試合中に言われた事…

でも言えなかった。

自分で無理を言って出てきたのだから、今更そんな事は言えなかった。


「…そう。馨も頑張ってね」


葵もまた、馨の言葉の節々から心境を感じる事ができた。

何かの壁にぶつかっているに違いない、そう思ったが、それは何かと聞こうとする口をそっと閉じた。

それは「彼女ら」の本質を理解しているからこそだ。


顔がそっくりの双子だがその性格は正反対。

明るくて社交的な馨と、必要最低限の人付き合いしかしない楓。

でもその本質はまるで一緒だ。

プライドが高くて、深く干渉される事を嫌う。

互いと比べられる事が多かった環境にいたせいか、「自分」という一個人をとても大切にしている。

それでいてお互いを認めあう。

例えるなら太陽と月。

自ら光を放ち眩しく輝く太陽と、その光を受けて静かな夜にそっと瞬く月。

太陽であり月である二人。

どちらがどっちというわけではない。

互いが相手を太陽だと思い自分が月だと思っている。

互いが自分の存在を大事にしている。

葵はそれを十分に理解している。

そしてそっと言葉を差し伸べる。


「また何かあったら電話しなさいね。楓も寂しがってるし」

「楓が?」

「何も言わないけど言わなくてもすぐに判るわよ。いつもに増してボンヤリしてるんだから」

「……」

「馨も、ボンヤリしてるわよ」

「え?」

「…だから電話してきたんでしょ?」

「…!」


やはり母は判っていた。

馨が電話をかけてきた意図を。

『また』何かあったら、の言葉の意味も理解できた。

そして『何かあった』事も母は判っていた。

それを判った上で、何も言わない自分に対して何も聞かないでいてくれた。

言いたいけれど言えない事を、言えるまで待つと…


「うん、ありがとう…また電話する。楓に『頑張って』って伝えておいて」

「わかった。馨も無理しないでね」

「…ありがとう…じゃあ」


やはり母は流石だな…そう思いながら馨はソッと受話器を降ろした。


(頑張って、か…)


投げかけた言葉が自分自身の心に染み入った。



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