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#22 旅路


(何を話せばいいんだろうか…)


馨は家の電話の前で行ったり来たりしながら悩んでいた。

「会えないのならせめて声だけでも」

そう思い、自宅に電話をかけようと思ったのだ。

かけると決断するまでに相当時間がかかり、電話の前に辿り着くまでにこれまた時間がかかった。

そして、いざかけるとなると最初の切り出し方が浮かんでこない。

どう話したところで一つ返事の短い答えしか出てこないに決まっている。

普段気にもしなかったが、この時ばかりは彼の無口っぷりを恨まずにはいられなかった。

あれこれ悩んでいたら夜も10時を回ってしまった。

こうやってウロウロしていても仕方ないのは充分にわかっている。

まぁいい、どうにでもなれ、と意を決して受話器を上げる。

震える手を抑えながら確認するようにボタンを押していく。

押し終わるとメッセージが流れ、コール音が鳴り出すと、心臓の鼓動が途端に強くなる。

数コールがとても長い時間のように感じる。

早く出て欲しいような…いや、出る前に切ってしまおうか…そんな気持ちが一気に押し寄せる。

ガチャリという音と共に馨の体がビクリと跳ね上がる。


(出たっ!)


息が詰まる様な感覚になる。


「…はい、流川です」


想像していた低い声と違って聞こえてきたのは澄んだ高い声。

電話に出たのは母の葵だった。


「あ、お母さん?馨だけど…」

「…えっ?馨なの?」

「うん、ちょっと電話してみた」

「もう…ビックリした!どう?元気にしてる?」

「うん、まぁ」

「そう、ひとまず安心した」


母の声を聞くのも久しぶりだ。

いつも通りの母の声に安心感が広がる。

電話越しとはいえ懐かしい声に日本にいるかのような気持ちになる。


「あ、あのさ…楓、いる?」


ドキドキしながら聞く。


「楓?楓ならまだ学校よ」

「えっ?まだ?もう10時過ぎてるのに?」

「ちょっと…日本はまだ夕方よ?」

「え、あ、そっか…」


緊張していた気持ちが穴の空いた風船のように一気にしぼんでしまった。

考え過ぎて時差があることをすっかり忘れていた。

シアトルの時間は日本の17時間前。

壁にかかっている時計を目で追って日本の時間を確かめると、確かに日本は今夕方の時間帯だ。

部活の後に自主練をするようならまだ帰らない時間。

なんとも初歩的なミスを犯した上に本人不在という事態に軽くガッカリするも、何故か少しホッとする自分がいた。

声を聴きたいと思っていたものの、気まずいという気持ちがあったからだ。

なかなか電話をかける勇気が出なかったの理由はこれだった。

何も言わずに飛び出した自分に対して、彼はきっとよくない気持ちでいるかもしれない。

自らアメリカに行ったのに、泣き言を言う自分がどう思われるか、どんな態度を取られるか…

それが怖かったからだ。


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