#22 旅路


今は何時だろうか。

街灯やネオンが街中を照らしているが、賑やかさはないので結構遅い時間だと時計を見なくてもわかる。

通り過ぎていく夜景は日本の色鮮やかでゴテゴテとしたものとは違い、全てオレンジ色の灯りで映画のワンシーンのようであり何故か懐かしさを感じる。

30分程走らせただろうか。

目的のマーケットに到着した。

当然ながら立ち並ぶ店舗は殆ど閉まっていて、街中も人の気配はほんの僅かだ。

ネオンだけが辺りを照らしていた。

ゆっくりと自転車を漕ぎながら夜の街並みを見ていると潮の香りがしてきた。

海が近いのが感覚でわかる。

海辺に降りられる場所はないかと目を凝らす。

するとマーケットの裏側に伸びる道に下の方へと続く階段を見つけた。

階段脇にあるフェンスに自転車をチェーンで繋ぎ、急ぐように階段を駆け下りる。

潮の懐かしい香りがする…。

この階段を降りた先には海が広がっているに違いない。

海が見たい…

全てを包み込む海が…

焦る感情とワクワクする感情が混じる中、カーブのかかった階段を降りていく。

しかし、その先には砂浜はなく、ウッドデッキが広がっていた。

マーケットで買った物を飲食できるよう、パラソルのついた机と椅子が置かれていて、海がある方には細い鉄柵があり、そこから海が広がっている。

ここの海岸線沿いは埋め立てられた場所なのか、馨の考えていたような白い砂浜はなかった。

波はコンクリートの壁にぶつかり、強い音を立てていた。

海岸線にはオレンジ色の光。

ここは入り組んだ場所であるため、対岸が見え、そこには高層ビルがそびえ立っていた。

高層ビルの窓からもオレンジ色の光が灯っていて、その周りにも幾つかのビルがあるのがわかる。

一つ一つの明かりが小さな宝石のように輝く。

小さな波がオレンジ色の灯りでキラキラと細かく揺れる。

綺麗な夜景だ。

このロマンチックな夜景を求めて人が数名いる。

騒ぐ事無く夜景を眺めていた。

…確かに綺麗な夜景だ。

だけど…。

馨の知っている「海」ではなかった。

馨が知っている「海」は…

波は砂浜を渡り、細かく波が砕ける音が風と共にやってくる。

その波は太陽の光や江ノ島からの光でキラキラと輝く。

砂浜を歩けばサラサラとした砂が動く。

遠くを見れば無限に広がり何もかも包み込む海が広がる。

夜には少し恐怖さえ感じる程の漆黒の海。

ここは、そんな「海」ではなかった。

いつも見ていた懐かしい海の景色を思い出し、胸が締め付けられる。

綺麗だけど、違う…。

波の音は聞こえるけど、あの海とは違う。

景色も違う。

柵に手を置き、目の前に広がる景色を眺める。

ここは日本ではない、アメリカなんだと今更ながら改めて実感する。

身近だった湘南の海が、今はとても遠く感じる。

今まで何気なく見てきた海がとても懐かしい。

行けるものなら今すぐ行きたい。

でも、ここはアメリカ。

日本ではない。

海を見れば、いつものように心が落ち着くと思っていた。

負の気持ちを海が全部包んでくれると思っていた。

だけど…。


馨の目から自然と涙が流れる。

手で拭うが流れる涙は止まらない。

風が吹き抜ける。

海からの風はとても冷たかった。

空に浮かぶ月の輝きは夜景の光のせいでくすんでいるように見えた。

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