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#22 旅路


バシィィィィ!!!


ボールが強い音を立てて弾き飛ばされる。

思い切り振り下ろした彼女のブロックはボールだけを捕らえた。

ボールは地面に叩きつけられ、高くバウンドする。

叩きつけられたのはボールだけではなかった。

彼女のブロックの威力はボールを持っていた馨にもダイレクトに伝わった。

ブロックは的確にボールだけを捕らえたのにも関わらず。

馨はボールと共に地面に叩きつけられた。

頭と背中への直撃はしなかったものの、叩きつけられた痛みで起き上がれずにいた。

すかさず審判からストップがかけられる。

メンバーが倒れこむ馨へと駆け寄り声をかける。

苦痛の表情のまま上半身を起こすだけでそれ以上はすぐにはできそうになかった。


「ちょっと!!」


ソフィアがブロックした彼女に怒りを爆発させる。

相手のプレイや態度に今まで怒鳴りたいのを我慢してきた分、声が大きくなる。

しかし、彼女は何事もないように平静だった。


「何?私はただブロックしただけよ?」

「だからって!こんなラフプレイしておいて!」

「ラフプレイ?」


彼女はクスリと笑う。


「私はちゃんとボールを叩いたわよ。ファウルでもなんでもないわ」


彼女はそう言って痛みに耐える馨をチラリと見る。


「私は普段通りのプレイをしただけ。ブロックに耐えられなかったのはそこにいる『ジャップ』じゃない」

「「!!!!!」」


周囲にピリッとした空気が走った。

彼女の発した「単語」に、馨を含め皆が反応する。

一瞬にして空気が重くなった。

そんな空気など気にしないのか、彼女は言葉を続ける。


「もしかしてワザと倒れてワンスロー貰おうと思ったの?…ムダよ。ただ闇雲に突っ込む事しか知らないジャップのプレイなんて」

「…なんですって?」


ソフィアの声が一段階低くなる。


「………」


馨は黙って彼女の言葉を聞いた。


(ジャップ……)


その『単語』には覚えがあった。

ブロックの瞬間、聞こえはしなかったけれど口元で彼女はこう言っていた。


『この…ジャップが』


今思うと彼女はそう言っていた。

この言葉は知っていた。

今まで聞いたこともなかったし、言われた事もなかった。

けれど、知っていた。


それは、「日本人」を馬鹿にした言い方だと。

相手を見下す、とても汚い言葉。

品性を問われるような単語を、彼女は平気で使った。


ソフィアの声のトーンが低くなったのもこれが理由だ。

ソフィアはギリッと歯を食いしばる。

なるほど、出会った瞬間からカオルに対する態度の悪さはこれが原因か。

人種に対する偏見。

何十年も前はそういう偏見は多く見られたが、今の時代、そういった偏見を持つ人は少なくなっている。

少なくなっているものの、まだ偏見を持つ者はいる。

この人達はそういう偏見を未だに持つ人間だったのか…と。


そんな彼女は何も悪びれていない。


「アナタ、そんな小さな体で何が出来るっていうの?何も出来なかったじゃない。体がちょっとぶつかっただけでそんな風に力負けするようじゃ、ただの子供ね」

「…黙りなさい」


ソフィアが自分の怒りを抑えて彼女の言葉を止めるが、それを無視して馨の顔を覗き込むようにして更に続ける。


「ニホンではアナタ上手かったんだって?ニホンではそんな程度のプレイが評価されるの?信じられない。私、ニホンに行きたくなっちゃった。だってスーパープレイヤーになれるんですもの」

「黙りなさい!!」


ソフィアが語気を荒げる。

馨は立てないまま彼女の言葉を呆然としながら聞いた。

全ての言葉の意味を正確に理解する事はできなかった。

…理解できなかった方がよかったかもしれない。

でも、相手の言っている事は把握できた。


『自分は「日本人」というだけで見下されている』

『自分のプレイはここでは通用しない』

と。

相手の表情と口調を見れば随分と馬鹿にされているのが痛いほど伝わってくる。

不思議と悔しい気持ちは生まれなかった。

ブロックで叩きつけられた衝撃と彼女の言葉の衝撃。

その二つが重なり、黒い塊のように
なって馨に襲いかかる。

黒い塊は馨の心に大きな穴をあけた。

…悲しいとも感じなかった。

…怒りも感じなかった。

全ての感情が生まれなかった。

考えなければいけないのに何も考えられなかった。


目の前でソフィアが何か怒鳴っている。

でも何も聞こえなかった。

瞳に映るだけで頭には入ってこなかった。

思考が止まったまま、見つめていた。

打ち付けた腕が、ただ痛かった。


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