#22 旅路
馨は必死で走った。
相手のプレイに負けたくない一心で。
ボールを弾き飛ばされても食らいついた。
吹き出る汗を拭う事も忘れて。
それでも何度シュートを打ってもリングに嫌われたりブロックされてしまい、抑えられていた。
流れの悪さにリサがすかさずタイムアウトを取る。
(なんで…)
馨は両手を膝につけて乱れる呼吸を整えようとするが、何度呼吸をしても酸素が体に入っていく感じがしない。
(シュートが全然入らない…)
焦る気持ちを落ち着かせようと息をしてと次から次へと乱れる気持ちが襲ってくる。
…苦しい。
…気持ちが悪い。
呼吸の苦しさだけではない、気持ちの乱れが馨を襲う。
深く呼吸をしながら自分のプレイを思い返す。
シュートに持っていく回数はそれほど悪くない。
自分の動きも悪くない、と思う。
それでもことごとく動きを封じられてしまっている。
それだけ相手が上手いという事か。
それとも…
(これが、私の…実力…?)
そう思うのと同時に胸に鋭い痛みが走る。
そして頭をブンブンと振って今の考えを振り払う。
自分自身を「この程度」だと思いたくなかった。
でも、モヤモヤとした気持ちが自分を支配していく。
その感覚は以前にもあった。
何も考えられなくて体が思うように動かなくなったあの日のような…
馨はドリンクを手に取り一気に飲み干す。
今の自分の思考を流し去るように。
「カオル、大丈夫?少し休む?」
「リサ…」
馨がドリンクを飲み干したところでリサが声をかけた。
「…ごめんね」
リサが自分の為にタイムアウトを取ったことはわかっていた。
悪い流れを作ってしまっているのは自分のせいだと。
何をやっても上手くいかない自分のプレイが全体の流れを悪くしてしまっている。
その流れを断ち切るためのタイムアウトだと、わかっていた。
…不甲斐ない。
そして、情けない。
こんな無様なプレイ。
悔しい気持ちもあるが、どこか悲しくもなってくる。
…だけど。
「ごめんねリサ。もう少しプレイさせて」
「カオル…」
負けたくないという気持ちが強かった。
悪い流れを作ったまま引き下がるのは我慢がならなかったから…。
馨は、気持ちだけは強くいようとプレイを続ける。
弱い気持ちはプレイにも出てしまう。
それは相手にも悟られてしまう。
だから…。
沢山動いたせいで呼吸の乱れも激しい。
息をするたび肩か動くのがわかる。
だけど、「負けるもんか」という言葉を胸の中で繰り返しながらプレイする。
そんな気持ちの中、試合は終了の時を迎えようとしていた。
点数は互角。
シュートチャンス一つが試合を左右するという展開だった。
ゴール下から少し離れたソフィアにボールがまわる。
ソフィアの実力ならこのままゴール下に切り込んでシュートを決められる位置。
相手もそれを知っているため、ソフィアを動かせないよう二人がかりで囲む。
馨をマークしていた彼女がソフィアに向かったからだ。
当然、馨のマークが外れる。
((ノーマーク!!))
馨とソフィアの思考が、一致した。
「HEY!!」
馨が叫んだ時にはソフィアはディフェンスの隙間からパスを放っていた。
最高のタイミング。
ゴール下のディフェンスはソフィアについていて空きがある。
チャンスとばかりにゴール下に切り込む。
ゴールしか見えない。
今度こそ、今度こそなんとしても…
ゴール下手前でシュートに跳ぶ。
目の前に相手チームのディフェンスも戻り、ブロックに跳んだ。
ブロックしてきたのは、何度も自分のシュートを阻止してきた彼女だという事は視界に入った姿でわかった。
ソフィアについていたはずなのに戻りが早い。
流石、と思うのと同時にボールを放とうとする。
(!!!!)
突然の違和感。
ゴールしか見えていなかったはずなのに、ブロックに跳んだ彼女の表情が目に止まった。
(えっ………)
彼女の顔を見た瞬間からスローモーションのように時間が流れた。
途端に周りの景色が真っ黒に見えた。
その空間には自分と彼女しかいなかった。
ゆっくりと流れる時間。
…空気が重い。
…気持ちが悪い。
馨に再び気持ち悪さが襲った。
彼女の顔は馨をマークし始めた時と同じく、冷たくニヤリと笑っていた。
ブロックの高さも手伝って、見下し、嘲笑するような…
馨は思わずゾクリとする。
彼女の口元がゆっくりと動く。
「この………が」
彼女が何か呟いた。
(なに……??)
口の動きだけで何を言っているかは聞き取れなかった。
その直後、ゆっくりと流れた時間が再び動き出した。
急に視界が明るくなる。
「!!!!」
次の瞬間だった。
彼女の右腕が、放たれようとしていたボールに向かって力強く振り下ろされた。
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