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#22 旅路


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マイケルと出会って3カ月程経過していた。

黄色く色付いていたイチョウ並木はすっかり裸になり、冷たい風が木々を揺らしている。

道路を埋めていたイチョウの葉の絨毯も今は見る影もない。


マイケルの登場で盛り上がりを見せたストリートバスケの広場も、冬になるにつれ寒くなる気温の中で積極的にバスケをやる者は少なくなっていった。

寒さなど気にせずにバスケをしたいと思っている馨だったが、バスケと同じように語学の勉強にも励まなければならなかった。

アメリカでの生活にも慣れ、日常の英会話はだいぶ順応できるようになったが、まだまだ不完全だった。

相手の話している言葉の内容も大筋は理解できるようになってきて、言葉に詰まりながらも喋る事はできる。

しかし、少し難しい話になると判らない部分が多くなる。

例えば学校での授業。


(ダメだ…全然聞き取れない…)


今受けている授業も先生の言っている事は早口で、知らない言葉も沢山出てきて理解できない。

黒板の文字も波打つ筆記体ですぐには読み取ることはできない。

先生側もいつまでも馨のペースに合わせて授業をしていられるほど親切ではなかった。

もちろん、先生にもよるが。


(普通の文字ならわかりやすいのにな…)


ガシガシと頭をかく馨は少しイライラしていた。

勉強でも負けん気の強い馨。

「学校での授業に追い付くのに必死」というこの状況が馨にはどうしても許せなかった。

馨は心の中で舌打ちをする。

先生の黒板の字の汚さにイライラしているのではない。

まだまだ知識が足りない自分にイライラしているのだ。

周りのクラスメイトはこの授業でも先生の言葉を普通に理解している。

黒板の文字もすんなり読める。

なのに自分ときたらこれら二つの事で必死になっている。

そんな状況にいる自分が悔しくてたまらなかった。


授業が全て終わり、今日も図書館で勉強しようかとノートを整理していると、リサから声がかかった。


「ねぇ、カオル、今日も図書館?」

「うん、そのつもり。今日の授業もサッパリだったんだもん」

「それは私も一緒!ね、そんなことより、今日は勉強はお休みにしない?」

「えっ?なんで?」

「実はね、今日試合をしないかって誘われたの」

「試合?バスケの?」

「もちろん!3on3じゃないわよ、今日は5対5!」


アメリカに来てからバスケといえば1on1か3on3ばかりだったので5人での試合は初めてだった。


「試合って誰と?前にやった事ある人?」

「ええ。その人が是非にって」

「今日でしょ?」

「急な話だけど…お願い!強いメンバーを入れたって言って張り切ってて。ソフィアも誘ってあるの。ね、カオル、この通り!」

「う~ん…」


馨は急な誘いに一瞬迷う素振りを見せるものの、答えは決まっていた。

元々強い相手とプレイ出来るのは嬉しい事だった。

自分を全然知らない人達とプレイして、自分の力を確かめたい、自分自身を認めたい。

そう思っていた馨にはそういうお誘いは願ってもいなかった。


(これは、チャンスかもしれない…)


リサとソフィアとのバスケも自分を刺激してくれるが、やはり色んな人とプレイして自分の力を確かめたかった。

自分の力、自分だけの力。

誰とも比べられない…。

それが欲しくてアメリカに来た。


「OK、リサ」


馨はリサの頼みを了承し、一緒に広場へと向かった。

途中でソフィアと落ち合う。

強いメンバーがいるチームとプレイ出来るという楽しみはソフィアも同じようで、既にテンションが上がっている。

相手チームとは広場で待ち合わせているというので、先に着いた馨達はウォーミングアップをしながら待つことにした。


(どんな相手だろう…。どんなプレイをするんだろう…。ここの人達が「強い」って言うんだから相当強いんだろうな…)


気を引き締めないと…と、右腕に黒のリストバンドをつける。

思えば5対5で行うバスケは地区大会決勝の試合以来だった。

無残な試合をした、あの試合…

ふっとあの日の試合を思い出す、が、すぐに頭を振って思考を切り替える。


(プレイが出来なかったあの時とは違う…!今日は自分のプレイができる!)


そう思ってリストバンドに触れている左手に力を込める。



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