#22 旅路
この日、マイケルは少し遅れて公園に到着した。
本当はもっと早く到着する予定だったが乗り合わせていたバスが渋滞に捕まり、動けなかったのだ。
やれやれ参ったな、と思いながら公園に着きコートに目をやるとこの前ギャラリーにいた日本人の女の子がプレイしていた。
(へぇ、彼女もバスケをやるのか…)
遠目でもわかる真っ黒でサラサラした髪と、キリッとした真剣な目つきが印象的だった。
彼女もプレイヤーとわかり、お手並み拝見とギャラリーに加わる。
見れば彼女の相手はとても背の高いプレイヤー。
いくらなんでも1on1で身長差あり過ぎだろと思っていたが、そんな気持ちはすぐになくなった。
身長差に臆することなくプレイしている。
むしろ身長差を克服せんとばかりのプレイ。
動きがとても速く、ジャンプ力も高い。
背の高いプレイヤーとなんの遜色なくやり合っている。
「へぇ、やるじゃないか、あの子」
マイケルが嬉しそうに笑う。
以前より増して興味が湧いたマイケルはギャラリーの一人に話しかける。
「なぁ、あの黒髪の子、よくここにくるの?」
話しかけられた相手は観戦を中断されて少し怪訝そうに振り返ったが、その声の主がマイケルだとわかると表情を改めた。
「さぁ?俺も彼女のプレイを見るのは初めてだ」
「そうか…見てるところ悪かったね」
マイケルは観戦を中断させてしまったことを詫びた。
「あぁ、でも彼女らの連れから聞いたけど最近日本からこの近くの中学に来たばかりだって言ってたぜ」
「日本から…?」
日本にと言う言葉に思わず反応する。
家族の海外転勤かな?大変だな、とマイケルは顎に手を当てる。
これから日本に行く身、日本から来たという同年代の子、しかもなかなかの実力を持ったプレイヤーとしての彼女に益々興味が湧いてきた。
「ふぅん、彼女と話がしてみたいなぁ」
「話?無理じゃないか?日本から来たばかりで英語があまりできないらしいぞ?」
「あぁ、そんなこと?平気平気」
マイケルはありがとうねの言葉と共に手をヒラヒラさせながらコート脇へと歩いて行った。
コートでは馨がシュートを決めたところで、プレイはお開きになった。
「カオル、やるじゃない。ここまでできるなんで思ってもみなかった」
「どういたしまして」
馨とソフィアは自然と握手を交わす。
勿論お互いの称賛を込めて。
そこにリサが駆け寄り、二人にタオルを渡す。
快く受け取り、馨はすぐさま顔を伝う汗をぬぐった。
リサと1on1をした時と同様、プレイ後の今の気持ちはとても清々しかった。
やはり、何もかも忘れさせてくれる、余計な事は考えず、一心にプレイできた。
ソフィアも自分との1on1を楽しんでくれたようだ。
それらのことが、とても嬉しかった。
「ちょっと失礼?」
3人の後ろから声がかかった。
声の主を見てソフィアは嬉しそうにキャッと小さな悲鳴を上げる。
馨は思わず目を円くして見上げる。
自分より遙かに大きな身長だ。
先日、大柄でありながらしなやかで、かつ豪快なプレイをしていた…
「マイケル…!」
思わず彼の名前を呼ぶ。
「あれ?名前、なんで知ってるの?自己紹介してたかなぁ?」
「あ、いや…」
しまった、と馨が口ごもるとソフィアが嬉しそうに馨の肩を叩く。
「だってNBAに注目されているんでしょ?知らないわけがないわよ。ねぇ?カオル?」
「え?何!?」
ソフィアの言わんとしていることがなんとなくわかって彼女の顔を見上げるが、お構いなしでニコニコしている。
「やだなぁ、ちょっとチームの人に話しかけられただけだよ。参ったなぁ」
マイケルは片眉を上げて頭をかく。
はしゃぐソフィアの気持ちも分からなくはない。
先日、素晴らしいプレイをしていた人物が目の前にいるのだ。
近くで見るとその大きさがよくわかる。
ソフィアでさえ見上げてしまうほどの身長は190センチはあるだろうか。
大柄な人なのはわかっていたが、目の前で見ると考えていた以上に大きく感じる。
「ところで、さっきの1on1見せて貰ったよ。背の高いキミ、いい動きをするじゃないか」
「え、見てたんですか!?」
キャーッという歓喜の声と共にソフィアのテンションが上がる。
「それと、カオル、だったかな?」
マイケルがチラリと馨を見る。
「ちょっと貴女とお話したいんだけど、いいかな?」
にっこりと微笑むマイケルに、ソフィアがどうぞどうぞと馨の背中を押す。
「え?なに?」
「いいから!マイケルがカオルに興味津々なんだって」
パチリとウインクで答えられても困ってしまう。
(え?なんか話がよく見えないんだけど!?)
訳も分からないまま背中を押され気付けばマイケルの真正面に立っていた。
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