#22 旅路
コートでは試合が終わり、彼の元に人だかりができる。
皆、彼を賞賛しているのがわかる。
「やっぱりNBAに目を付けられてるだけあるな!」
「今度高校だろ?中学でそれだけのプレイがてきるなんてすごいヤツだ!」
聞き耳を立てていた馨はなんとか相手の会話を聞き取っている。
(ええと、今度高校に行くって言ってるから…今、中学3年!!ってことは中3でもうプロに目をつけられてるの!?あの人!)
プロに目をつけられてるくらいだから高校生だと思っていたが…
外国の人は年齢よりずっと大人びた姿をしているので人を見かけで判断してはダメだということか。
それと同時に既に中学の時点でプロも認める実力を持っていると思うと驚きを隠せない。
その間にも彼に次々に質問がとぶ。
「高校はどこに行くんだ?マイケル」
「当然バスケチームが強いところに決まってるだろ!」
マイケルと呼ばれた彼はにっこりと笑って答える。
「高校?あぁ、俺、日本の高校に行くんだ」
(…日本??)
確かにJAPANという単語が馨の耳に入った。
マイケルのカミングアウトに周囲が何故だとざわめきはじめる。
しかしマイケルはそんな周囲の驚きをよそに飄々と喋り続ける。
「俺だってアメリカの高校に行くつもりだったよ。そしたら、どうしてもウチに来て欲しいって熱心にスカウトされてね。
新設の高校なんだけど、バスケに物凄く力を入れる方針だって言うんだ。
スカウトした人が『全国制覇するんだ!』って妙に意気込んでてね。新設校なのにだぜ?目標がでかいだろ?」
新設校なのにいきなり頂点に立つのは無理だ、おかしな話だと周りが笑う中、マイケルは真剣な目つきで話を続ける。
「確かにおかしな話だよ。
でもねぇ、何もないところからイチから始めて登り詰めて頂点に立つ。それを考えたらなんか面白そうだと思ってね。
自分の実力を試してみるつもりだし…だから俺は日本の高校に行くよ」
マイケルの目は希望に溢れていた。
口元に笑みは浮かべているのもの、目は真剣そのものだった。
「あのマイケルって人、日本に行くんだ…」
詳しい話は判らなかった。
でも日本の高校に行って自分の力を試したいという事は判った。
自分が今まで生まれ育った場所。
彼はそこに行くと言う。
自分が経験したように、慣れない土地、判らない言葉の中での日常は大変なものだろう。
でも大きな夢を抱えて行く彼の姿は自信に満ちて輝いて見えた。
(私は半分逃げにここに来たようなもんなのにね…)
そう、自分はあの人のように大きな夢を持ってここに来たわけではない。
その場の感情で来たようなものだ。
彼は目標に向かって日本に行くというのに、私は何をしにアメリカに来たんだろうか?
楓にはここに来た理由を言うことは出来なかった。
『比べられたくない』
『同じに見られたくない』
『私の事を誰も知らない』
『自分個人を見てくれる』
『だからアメリカに行きたいと思った』
そんな事を言ったら何て思われただろうか。
彼の怒りを買うことはわかっていた。
だからこそ言えなかった。
(あぁ、ダメだ…!!)
馨はとっさに自分の頬を軽く叩く。
(ダメダメ!前向きにならなきゃ…!ここで頑張ろうって決めてアメリカに来たんじゃない!)
今まで勉強漬けだったせいか、どうも気持ちが後ろ向きになってしまう。
こんなことではダメだ。
ちゃんと前を向かなければ…
どうやらマイケルは暫くはこの公園に顔を出すらしい。
笑顔で手を振りながらマイケルは公園から立ち去って行った。
マイケルの登場で公園は賑わい、彼のプレイに触発された他のプレイヤーがコートを埋めていた。
バスケをしたくてここにきたのたが、この人の多さでは順番は回ってきそうにないと悟ったリサとソフィアは残念そうにため息を漏らす。
「今日はプレイ出来そうにないわね」
「もう!せっかくきたのに!」
残念に思う気持ちはわかる。
馨も今日はプレイする気で来たのだから。
でも、今日ができなければ…
「また明日こようよ。」
そう、また明日来ればいい。
「カオル…」
「また明日、プレイしよう?」
また明日来てプレイすればいい。
プレイすれば少なくとも後ろ向きな考えは出てこない。
何より、プレイをしたい。
お互いに目を合わせ、無言のまま頷きまた明日くる約束をする。
「そうよね~、カオルのこと見てたマイケルもくるもんね~」
「違うってば!」
ソフィアが意地悪そうにからかう。
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