#22 旅路


久々に思い出したあの日の出来事。

今まで拒否してきた嫌な思い出。


馨は机の上にあるティッシュボックスから2枚ほど乱雑に引っ張り出した後、それをギュッと目に押し当てる。

鮮明に思い出した結果がこれだ。

涙が止まらない。

頭が痛むような感覚に陥る。

何度もティッシュを取り出して目に押し当てる。

胸が締め付けられる。


おもむろに椅子から立ち上がり、コンポの電源を入れる。

コンポがCDを認識する音を立てる。

あらかじめ繋がれてあるヘッドフォンを手に取り耳に当て、ボタンを押す。

目を閉じ、しばらくすると耳元でお気に入りの曲が流れ始める。

ほんの少しだけボリュームを上げると頭の中に直接音を叩き込まれているような感覚に包まれる。

周りの余計な音は聞こえない。


やっぱりあの日の事を思い出すのは嫌だ。

まだ涙が止まらない。

自分をコントロールできない、自分が自分でなくなってしまうような気がして…

でも、思い出す事が嫌な出来事を今日はどうして思い出したんだろう。

綺麗に忘れてしまいたいのに。

今まで思い出そうとする事すらしなかったのに。

閉じていた目を開けると壁のコルクボードが目に入った。

自分と楓の写真が貼ってあるコルクボード。

だた楽しくバスケをしていた自分の姿が目に映る。

毎日を楽しくプレイしてきた自分が。


今日、自分は久々にバスケをプレイした。

何もかも忘れて。

そしてその後の解放感。


あぁ、そうか…

久々にバスケをしたから思い出したのか。


バスケの事で傷ついたのに、そのバスケをする事で癒される。

なんとも不思議な気分だ。


「やっぱ、バスケしかないのかな」


自分で自分を嘲笑する。

なんて馬鹿なんだろうと。

なんて自分はバスケ馬鹿なんだろうと。

あの事を思い出すのはとても辛い。

でも、バスケをする事であの事を少しでも忘れさせてくれるような気がした。

今日、リサは「馨」個人として相手をしてくれた。


誰も「流川楓」の事は知らない。

誰も「馨」と「楓」を比べない。

誰も「あの日」の事は知らない。


今までとは違う環境でプレイするだけでこうも違うなんて。

一時的なものだという事はわかってきたが、それだけでも馨にとっては救いだった。


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