#22 旅路


あんな、体が凍りつく様な思いは忘れてしまいたかった。

手足の末端がビリビリと痺れて体が蒼白する感覚。

自分自身の存在を否定された言葉。

思い出す事さえ、ためらわれる。

いや、思い出したくもない。

自分の好きなバスケを通して傷ついた事が何よりのショックだった。

一心に頑張ってきたバスケが自分を傷つける事になるなんて。

思い出す事を拒否してきたあの日の事が馨の頭に甦ってきた。

ボロボロに負けた、全てを変えてしまった、決勝戦の日の事を…。

何故だろう。

今までなんとか閉じ込めていた記憶を、今は思い出す事ができそうだ。

稲村先輩に言葉をぶつけられてからどこに走ったのか、どこに辿り着いたのか記憶にない。

思考が動いたのは楓が自分の名前を呼んだ時。

色々な事を吐き出したんだと思う。

自然と涙が溢れて声を出して泣いた。

楓に連れられて控え室に辿り着くのがやっとの体だった。

そこから試合への記憶はボンヤリしていて、ただ、あの時は体を動かそうとするたびに自分の意志とは関係なく手足が動いた。

動いた、というよりは自分の思う動きができなかった。

いつもなら当たり前のようにできたプレイが、やろうとするたびに手足が硬直して動かす事ができなかった。

どうして…?

いつもはできるはずなのに…。

体が動かない。

体の硬直に襲われた後は心の動揺に襲われた。

心の動揺は更に体の動きを悪くした。

心臓の温度が奪われていく。

気持ちの悪い汗が体中から噴き出す。

そして…。

気がついたら自分はベンチに座っていた。

目の前ではまだ試合をしているというのに自分はベンチに座っていた。


どうしてここに座っているの…?

まだ試合は終わっていないのに…

試合に出なきゃいけないのに…

試合に、出なきゃ…


そう思った瞬間に自分の肩に手がかかった。


「馨、いいから、アンタは休んでなさい」


声をかけたのは彩子だった。

馨は無意識のうちに立ち上がっていた。


「いいから…ここに座ってなさい…」


優しい声と共に馨の肩を抱き、ベンチに促す。

そして馨の頭にそっと白いタオルをかけた。

馨は目が熱くなるのを感じ、ただうずくまるしかなかった。


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