#21 流離人 vol.2
四中との練習試合の後、流川は一旦自宅に帰り、一人バスケットリングのある公園へとマウンテンバイクを走らせた。
いつも聞いている洋楽をお供に。
人が賑わう街中を縫うように通り抜け、公園に着いた時には既に辺りは夕焼けで赤く染まり始めていた。
夕焼けなんていつぶりだろうか。
耳元のウォークマンを外し、空を見上げれば厚い雲の間からオレンジ色の太陽が見えていた。
久々に見る太陽は、今まで閉ざされていた力を解放するかの様に強く輝いていた。
「……っ!」
太陽を直視してしまった流川は反射的に目を反らす。
眩しいほどの夕焼け。
今日の夕焼けはなぜか寂しさを感じなかった。
「あの日」から夕焼けを見るたびに寂しく切ない思いをしていたのに、今日はなぜかそんな気持ちはおきなかった。
自分の鞄から取り出したボールをゆっくりとドリブルしながら、横目で夕焼けを眺める。
解放感だけが夕焼けから伝わってくる。
まるで今の自分のように…。
今まで、バスケをしている以外の自分は常に何かの重荷を背負っているようだった。
そして、バスケをしている時にだけ、その重荷から解放される。
何もかも忘れられるから…。
解放されても、再び襲う重厚感。
しかし、今はその感覚がない。
今までそんなことがあったのかと疑う程、気持ちが軽くなっていた。
何故…。
今日の試合中、「絶対負けたくない」という気持ちに支配された。
もう二度と負けたくなかった。
負けて悔しい思いをするのは。
その気持ちが一気に集まり、自分の中で渦巻き、行き場を失ったその気持ちが爆発した時…
吹っ切れた。
勝ちたいという気持ちが全てを支配した。
そして自分のプレイが試合の流れを変えた。
流川はドリブルのテンポを速め、ボールをリングに叩きつける。
リングから手を離せば、少しさび付いたリングがその勢いにギシッと軋む。
そして、試合中のようにボールを持っていた右手のひらをじっと見つめる。
「あの」言葉の意味が少しわかったような気がする。
誰もいない公園にバスケットリングが軋む音が響く。
ふと、よぎるあの言葉。
『自分のプレイでチームを引っ張っていけば?』
そして、監督の言葉。
『お前らしい「キャプテン」だ』
(そうか…)
流川は自答する。
「答え」はこういう事だったのかもしれない。
考えつかなかった答えが出た。
考えているだけでは出せなかった「答え」が。
ただ闇雲に探しているだけでは見つけることができなかった。
自分で動いてみて初めて見えてきた。
それは、
『自分のプレイで勝利を掴む』
もしかしたら、こんな強引な考えでは自分には誰もついてこないかもしれない。
でも、こんな自分でもチームを引っ張って、勝てば納得してくれるかもしれない。
試合に勝って、周りが認めてくれれば。
負けるのはこりごりだ。
負けて、夏の決勝戦の時のような悔しい思いをするのは…
もう、自分も、…馨も、あんな思いはしたくない。
もう、悲しい思いはしなくない。
そして、
…もう二度とあんな思いはさせたくない。
勝ち進んでいけば、あんな思いをしなくていいのだ。
そう、勝ち進んでいけば、誰にも文句は言わせない。
「もし」勝ち進んでいたのなら、あんな思いはしなかっただろう。
ならば、これからは勝ち進んでいこう。
それが、自分の全てのように感じた。
勝ち進んでいくことが、自分のためでもあるし、馨のためでもあるような気がしてきた。
ここで、潰れていたらその程度の人間だと思われる。
自分と馨を重ね合わせるなら、勝ち進んでいこうではないか。
流川の気持ちは固まっていた。
『自分のプレイでチームを勝利へと導く』と。
もう、あんな思いはしたくないから…
探しても見つからないものは、自分で作っていけばいい。
流川は一つの「想い」を築き上げた。
.