#21 流離人 vol.2


試合前、長谷監督は特に作戦の指示を出さなかった。

唯一出した指示と言えば…


「いいか、お前たち。思いっきりプレイしてこい。いいな」


これだけであった。

監督の指示に部員達はざわつき始める。


「なんだ?監督の指示」

「あれだけ?」


監督の指示に力いっぱい返事をしたものの、部員たちは僅かに困惑した

流川を除いて。


「ったく、しょうがねー…」


流川は呆れたとばかりにため息をつく。

こいつら、『思いっきりプレイしてこい』の本当の意味をわかってない…と。

『思いっきりプレイしろ』ということは、それだけ『気合入れてプレイしろ』ということなのだ。

富ヶ丘中メンバーは自然とキャプテンである流川を中心に集まり、両手を両膝に置く形で円陣を組む。

流川は黙ったまま床を見つめ、部員たちは流川の言葉を待っていた。

流川は中々言葉を発しない。

そんな流川に視線が集中する。

流川が一つ息を吐き出すと部員たちを睨みつけるように見回す。

その視線に一同に緊張感が走った。


「…練習試合だろうが、絶対勝つ」

「…!」

「ぜってー気ぃ抜くな」

「…!!」

「わかったな」

「…ハ、ハイ!!」


低い声で発せられた言葉が部員たちの気持ちを引き締めた。

練習試合であろうと試合は試合。

「負けたくない」という気持ちが強くなっていた流川にとって、練習試合といえども負けるという事は許される事ではなかった。

理由はわからなかった。

でも、負けたくなかった。

富ヶ丘メンバーに先ほどの一言でその強い気持ちが伝わったかのようだった。

試合前の雰囲気とはまるで気合が違っていた。

一連の出来事をベンチから見ていた長谷監督は腕を組みながら口元に笑みを浮かべていた。





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