#20 流離人 vol.1
家に到着する直前に、自分は雨に濡れてしまっていたことに気がつく。
それと同時に、こんなにも呆けてしまっているということに初めて気がついた。
体が冷え切ってしまっている。
空は黒く厚い雲が一面を覆い尽くしていた。
まるで自分の気持ちを映しているかのようだった。
「どうしたの、楓。いつになく神妙な顔して」
夕飯の最中だった。
いつも通りに振舞っているつもりだったが、母親の葵には自分でも気づかない微妙な顔つきの変化が見えたのだろうか。
「…別に、なんでもない」
「嘘おっしゃい。帰って来てからずっとぼんやりしてるじゃない。ねぇ…何か、あったの?近頃ずっとぼんやりしていたけど…今日は特別ぼんやりしてるわよ。心ここにあらずって感じ」
自分はそんなにぼんやりしていたのだろうか。
『心ここにあらず』、その通りかもしれない。
ずっと頭の中で考え事をしていて、意識が遠くにいっている感覚に襲われていたのだから。
さすがは母親だ。
自分の心全てを理解している相手はここにはいない。
が。
弱い心、迷う心、思いつめる気持ち。
損得なく受け入れてくれる相手は、今、目の前にいる家族だ。
流川は箸を置いて向かい側に座る葵を真っ直ぐ見つめる。
「監督に、キャプテンにならないかって…言われた」
「キャプテンに?」
少しだけ驚いた表情をするが、その先、沈黙する自分の息子を見て葵は帰宅してからの行動の意味を察知した。
ソファーに座ってぼんやり遠くを眺め、時々聞こえてくる、わずかなため息。
帰ってからずっとこんな調子だった。
そんな行動の意味が…
「…悩んでるの?」
「……」
ずばりと自分の心を言い当てられて、流川は思わず目線を下げる。
そんな流川を葵は優しい表情で見つめ返す。
「どうして悩んでるの?あなたが適任だから長谷監督は楓を選んだんでしょ?」
「……」
それは自分も考えた。
考えたけれど…
「オレが…キャプテンなんて…」
正直、自信がなかった。
流川のプレイは一人で突っ走るようなプレイをする。
相手にパスすることはあっても、それは味方を生かすためとは少し違っていた。
言い方を悪くすれば、自分が有利に動けるように出すパス。
自分を生かすためのパスなのかもしれない。
得点を重ねられるとはいえ、「自分勝手」なプレイだ。
流川はその事には自覚はしていなかったが…
自分が「キャプテン」だなんて考えたこともなかった。
チームをまとめるべき存在であるのに。
そんな自分が務まるとは思えなかった。
頭の中でぐるぐると考えていると、葵がその考えにストップをかける。
「…できないと、思うの?」
「…わからない」
そう、わからなかった。
自分でもどうしたいのか。
やるべきなのか、やらない方がいいのか。
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