#20 流離人 vol.1


遠くで雷がゴロゴロと鳴る音が聞こえてきた。

視線を窓へと移すと、そこから見える西の空が真っ黒だった。

これは…ひと雨くるかもしれない。

雨に降られる前に帰らなければ。

そう思った流川は急いで着替えを終え、昇降口の下駄箱に向かったが、たどり着いた時にはすでに外は雨で濡れていた。

ザーッという音が虚しく響き渡る。

恨めしげに外を見るが、雨がやむ気配はない。

運悪く傘は持ち合わせていなかった。

この大雨の中を傘もなしに帰る気にはならず、せめてもっと小降りになってから帰ろうと、しばらく外を眺めながら待つことにした。

真っ直ぐ降り注ぐ雨を眺めていると、気づかぬうちに意識が内へ内へと入っていく。

外を見ていても瞳に映すのみで、その映像は心の中には入ってこなかった。

こんな感情は初めてだった。

なぜか、何をするにしても心の中に入ってこない。

心が半分欠如して、頭がぼんやりする。

誰とも話す気にもならないし、何もする気も起きない。

どうして?

いつから?

多分、それは…あの日から。

当たり前に過ごしていた毎日が当たり前でなくなったあの日から。

当たり前のように隣にいた人物が、今、隣にはいない。

今、当たり前のようにいない『現実』

それが受け入れられない自分の状態。

今の自分が「そう」なのは多分それが原因。

しかし、それを責める気は毛頭ない。

自分が勝手にこんな気持ちになっているだけ。

…ただ、『なぜ』という思いが広がっていくばかりで。


「あの…、流川先輩?」


流川が後ろを振り返ると、既に帰ったと思っていた水沢がいた。

その目は心配で仕方がないといった気持ちで溢れていたが、はっと我に返ったようにわたわたと慌てだす。


「あっあの、俺、教室にノート忘れちゃって…それで…」

「あぁ…」


じっと見つめる流川から水沢は目を反らす。


「何か用か?」

「え?」

「今日の部活の時から…何か言いたい事でもあんじゃねーのか」

「あ、いや、あの…」

(図星、か)


わかりやすく慌てる水沢を見て流川は肩の力を抜くように息を吐き出す。


「馨のことか。聞きてーのは」

「……あ」


流川の口から出た「馨」の名前が水沢には非常に重く感じた。


「自分の考えがあってアメリカに行った。それだけだ」


そう、それだけ。


アメリカでやりたい事があるから、行っただけ…

日本ではなく、アメリカで…


(…なぜ?)


自分の言った言葉がチクリと痛む。

水沢への言葉のはずが、自分自身に言い聞かせる形になったことを流川は気づかずにいる。


「流川先輩は、どうなんですか?」

「オレが、どうした?」

「流川先輩は、それでよかったんですか?」

「……なんだと?」


流川は思わず水沢を睨みつけてしまう。

睨みつけるつもりは本人にはないのだが、彼の目の鋭さからどうしてもそう見えてしまう。


「あの、あ、いや…なんでもないです…。あっ!流川先輩、傘ないんですか?俺の使ってください!俺、折りたたみ傘持ってるんで!それじゃ、お先に失礼します!」


目の前の流川の迫力に負けてしまったのか、水沢はそれ以上何も聞けず、逃げるように傘を押し付け昇降口を走って出て行った。


「…なんなんだ、アイツ…」


押し付けられた傘が流川の手に残された。


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水沢から借りた傘(と言えるのかわからないが)を差し、激しい雨の中を歩く。

道路沿いを歩けば車が足元に水を飛ばし、容赦なく降る雨は傘の存在などお構いなしに進入してくる。

そんな、次第に濡れていく体にも気づかないほど、流川は呆けながら歩いていた。

考えていることは『キャプテン』のことだった。

自分にできるのか、できないのか…

やりたいのか、やりたくないのか…

ただ「バスケがやりたい」という自分に勤まるのだろうか。

そればかりを考えていた。


(どうしたらいい…どうすればいいと思う…なぁ…)



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