#20 流離人 vol.1


馨と父の樹がシアトルに旅立って数日後---



このところ部活をしていても、どうもしっくりこない。

いつも通りにやっているつもりなのだが、何かが違う。

何かが足りない。

バスケをやっている時は無心になっている---正確には無心になろうとしているのだが、ボールを手に持っていないときやドリブルの手を止めた一瞬、ふっと隙間風が吹いたような心境になる。

特に部活を終えた、今、この瞬間。

理由はわかっている。

辺りを見回してしまう癖がついてしまっていて、つい体育館の壁伝いに視線を動かしてしまう。

扉には誰の姿もない。

探している姿が当然無いのは頭ではわかっているが…どうもこの癖は染み付いてしまったものらしい。

視線の先で目が合った水沢がバツが悪そうにその視線をサッと逸らす。

きっと流川の「癖」の一部始終を見ていて、水沢もその「視線」の先にある理由を理解したのだろう。

変なところを見られてしまったと、視線の移動をすぐさま止める。

そして、こんな事をしている自分に少しだけ苛立ちを感じる。


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「流川、後で体育準備室に来てくれないか」


「カントク…!、…はい」



後片付けの最中、流川を呼んだのは男子バスケ部の長谷監督。

いっけん優しそうな顔とは裏腹に、指導の最中は非常に厳しいが、そこにはバスケに対する熱意が伝わってきて、いい部分は素直に認め大いに喜んでくれる。

試合中は指導中の熱などまるで感じさせずにベンチにどっしりと構えている…

人望があり信頼の置ける監督だ。

流川は片付けの続きを後輩の一人に頼み、体育館脇に置いておいてあるタオルを首にかけ、体育館に併設してある体育準備室へと足を運んだ。

体育準備室は体育教師が使用する部屋で、棚には沢山のスポーツに関する本が並んでいて、部室の鍵もこの準備室で管理していて、いくつもの鍵が壁にかかっていた。

殺風景にならないよう、日当たりのいい窓際には観葉植物がきれいに並べられている。

長谷監督はすでに窓際の自分の席について流川を待っていた。

流川は失礼します、と頭を下げ、静かにドアをしめて長谷監督の元へと向かう。


「何か用ですか、監督」

「あぁ…」


長谷は椅子に座ったまま、両手を組んだ状態で流川を見上げる。


「流川。お前に頼もうと思っている事があるんだが…引き受けてくれないか?」

「何を、ですか。」

「…次のキャプテンだ。」

「………!」



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