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#19 ふたりぼっち vol.3


次の日の朝だった。


土曜日だったが樹は休日出勤があり、朝早くから出勤の準備をしていた。


葵が玄関で樹を見送る時に馨が一言呼び止める。



「お父さん…」



その表情はピンと張った緊張感と真剣さに溢れていて、試合前のそれと同じであった。



「どうした、馨。改まって」


「私も、行くよ」


「なんだ?会社にか?」



樹の突拍子のない冗談に馨は静かに首を振って応える。



「アメリカ」


「…なに?」


「私もアメリカに行きたい」


「…なんだって?」



突然の申し入れに樹の表情が馨と同じものになる。



「馨…あなた何言ってるの?」


「お母さん…私、本気だよ」


「アメリカって、外国なのよ?」


「知ってるよ、そんなこと…」



葵は動揺を抑えきれずに声がどんどん大きくなっていくが馨はあくまで冷静だった。


玄関での異様な雰囲気を感じ取り、流川が半分寝ぼけ眼で階段から降りてくる。



「…なにやってんだ?」


「あっ、楓…!馨が…お父さんとアメリカに行くって…」


「…んだと?」



オロオロと慌てて説明する葵の言葉を聞いて流川の目が一気に覚める。


慌てる葵の肩をポンと叩いた後、樹と黙って向かい合っている馨の横にズイッと立ちはだかる。



「…何考えてんだ」


「私も、行く」


「どうして…。行く必要なんかねー」



馨は視線を誰とも合わせず声を荒げる。



「行く。絶対に行く!」



今まで冷静を装っていた馨の変化に樹は少しだけ眉を動かす。


突然こんな事を言い出した理由を流川は直感で悟った。


『あのこと』が原因に違いない。


そうに違いないのだが、そんなこと認められない。


流川は動揺することなく、静かな口調で馨に話しかける。



「…気にしてんのか」


「………」


「あれを…あんな事、気にする事ねー」


「………」



馨は口をキュッと結んだまま何も答えない。


何か聞きたそうな葵を見て樹は視線を送り、小さく首を振る。



「お前と俺は違う。…お前はお前だ」


「……それでも……それでも悔しいの!」



馨の両手が拳を作り、強く握っている。


声が少し泣きそうだった。



…行って欲しくない。


一緒にバスケをするんじゃなかったのか。


突然何を言い出すんだ。


アメリカになんか行く必要ない。


一緒に、俺と一緒にバスケをすればいいじゃないか。



流川はそんな気持ちでいっぱいになっていたが、そんな渦巻く感情をうまく言葉に言い表すことができずに、喉の奥に詰まらせるだけだった。


張り詰める緊張感の中、樹がそれを破るように口を開く。



「別に、いいんじゃないか?」



一同、「え?」という表情で樹の顔を見る。



「出張は1年か2年で終わるらしい。それに、馨が行きたいならくればいい。帰りたくなったら帰ればいい。私は構わないよ」


「なっ……」



あっけらかんと話す樹に誰もそれ以上何も言えなかった。


子供の意見を尊重しているのか…?


それにしても程がある。


反対される言葉を当然ながら予想していた馨でさえ驚きの表情を見せている。



「いいんだね…?馨」


「う、うん…」


「そうか。わかった」



樹は馨のアメリカ行きをあっさり受け止めた。


流川は小さく舌打ちを残し、自室へと戻っていった。



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