#19 ふたりぼっち vol.3
その日の夜、馨は眠れずにいた。
ベッドに横になって寝ようとしたが、妙に目が冴えてしまって、何度も寝返りを繰り返すだけだった。
遠くで何台ものバイクのエンジン音がうるさく鳴り響くのが聞こえる。
空に浮かぶ月はとても明るく、その光が自分の眠りの邪魔をするように輝いていた。
月の光はこんなにも強かったのだろうか。
普段は心地よいと思っていたこの明かりが、今ではまぶし過ぎてまぶたの裏にまで刺激する。
窓から見えるその月を凝視すると吸い込まれそうになる。
自分の弱い部分の気持ちとその表情を見透かされているようで…。
部屋は月明かりで作られた影を映し出し、部屋は青白くなっている。
壁にかかっている時計を見ると日付が変わったばかりの時間だった。
ゴロリとまた寝返りをうち、今まで見つめていた窓の外の月から視線を反らす。
(…アメリカ)
(…もし、アメリカに行ったら)
(私は私でいられるだろうか…)
自分は何を考えているんだろう。
思考が次から次へと浮かんでは消え、頭の中で一つにまとまらない。
深い呼吸をしても酸素が体にいきわたらなくてどこか息苦しい。
心臓をぎゅっとつかまれたような感覚。
上体を起こして両手で頭を抱え込み、思考を止めようとするが、後から後から色んな感情が沸き上がってくる。
憧れと劣等感。
二つの感情が交差する。
自分にはないものを持っている事に「凄い」と思う自分と「どうして自分にはないんだ」と思う自分がいる。
…アメリカに行ったら誰も自分の存在は知らない。
「私たち」の存在は知らない。
誰も、知らない。
私の前に立つ、もう一人の人物の存在を…。
誰もその人物と重ね合わせない…。
私を「私」として見てくれるかもしれない。
私を一人のプレイヤーとして見てくれるかも知れない。
(くそっ…何考えてんだ、私は…)
馨は両手でぐしゃっと髪を掴み、抱え込むようにうずくまる。
彼の存在を消したいわけではない。
彼の存在を邪魔とも思わない。
自分の今の状況を壊したいだけ。
なのに、なんだろうこの罪悪感は。
この胸の苦しみは。
だけど、、、試してみたい。
アメリカでの自分の力を。
自分の存在を。
自分がどれだけのことをできるか、試したい。
前に進みたい気持ちと、後ろから引っ張られる感覚。
二つの感情が入り混じって頭が痛む。
だけど前に進みたい気持ちの方が強い事を馨はわかっていた。
悔しかった。
あの言葉が。
あの言葉を言われたことと、それを受け入れてしまっている自分が、とても悔しかった。
それをどうしても打ち崩したかった。
壊さなければ自分が壊れてしまう。
壊れてしまう前に、壊さなければ…
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