#19 ふたりぼっち vol.3


樹のアメリカ出張の話があった数日後。


夏の暑さがいよいよ本格的になり、昼間の熱気が夜にまで残って湿気のせいか空気がズシリと重たく感じる。


決勝戦が終わってからの馨はいつもぼんやりと考え事をしたり、かと思えば暗い顔をしていて、どことなくフラフラしていて危なっかしかった。


しかし樹のアメリカ行きの話を聞いてからは違う表情を見せていた。


考え事をしているのは相変わらずだったのだが、その表情は全く違っていた。


抜けてしまっていた魂が体に入っているような、そんな感じだった。





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夜、汗をお風呂で流した後、自室に戻ろうとした流川だったが、ドアの前で立ち止まり隣にある馨の部屋のドアを見入る。


決勝戦のあの日からまともに会話していない。


普段馨の方から話しかけて会話を始める二人。正確に言うと、あの日から馨は流川に話しかけてこない。


流川は流川で何かを切り出そうとはしたかったのだが、神妙な面持ちで考え事をしている馨に話しかける言葉が出せず、見守っているだけだった。


しかし、馨の様子が少し変わった今なら何か話してくれるかもしれない…自分も何か声をかけられるかもしれない。


そう思った流川は自分の部屋には入らずに馨の部屋の前に立つ。


ドア越しに音楽が聞こえてくる。



「馨、入るぞ」


「…いいよ」



静かにノックした後、中から返事が聞こえたのを確認してからゆっくりとドアを開ける。


開けっ放しにしている窓辺から少し湿っぽい風が流れ込み、ドアで遮られていた音楽の音量が一気に上がる。


重低音だ。


馨は座っていた椅子から手を伸ばしてそのボリュームを少し下げる。



「どうしたの、珍しいね。私の部屋にくるなんて」


「音、でかすぎ。近所メーワク」


「このくらいの大きさで聴くのがいいんだよ。頭の中に叩きこまれる感じでさ」


「だったらヘッドフォンつけろ。窓開けてるんだから外に漏れてる」


「えー。耳によくないじゃん」


「…だから近所メーワクになるっつってんだろ」



お互いの視線は合っていなかったが、いつも通りの何気ない会話に少しの安心感と安らぎを覚える。


今までどことなく緊張していたのが嘘のようだ。


馨に視線を向けるも馨は椅子に座ったまま、机から目を離さず、今まで見ていた雑誌のページをペラペラとめくっている。


流川はコンポの前に立ち、音量を更に下げる。


目の前には椅子に座る馨の背中。


見下ろす形でその場に立ち、思い切って確信に触れる。



「馨、お前、何考えてる」


「何、って?」


「とぼけんじゃねー」


「……別に、何も考えてないよ」


「へー…」



視線を合わせず読んでいるのかいないのかわからない雑誌に目をやったまま答える馨に、


「嘘をついている」


と、直感で思った。


しかし自分の心の奥を無理に問いただされるのが好きではない流川は、人の心の奥を問いただすのもやはり好きではなかったし、得意ではなかった。


「言いたくない事は言いたくない」


そういう思いがわかるからこそ彼はそういう事はしなかった。


だんまりを決め込む馨の本心は知りたかったが、これ以上は聞かなかった。


今までの「心ここにあらず」の状態から一歩前進していたのには変わりはないのだから。


しかし、「納得」をしたわけではなかった。


「何かある」という疑惑を残していた。


流川の疑惑の通り、馨は何か考えていた。



(アメリカ、か…)


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