#17 ふたりぼっち vol.1


「残念、か……そうだな。残念だったな」


深いため息のあと、稲村が苛々したように口を開く。


「…お前がいたら、勝ててたのかもな」

「え?」

「お前の力があったら勝ててたかもな」


稲村の低い声がボソリと聞こえる。


「あ…いえ、私にそんな力は…。応援するのが精一杯で…」


面食らって馨は少し困ったように答える。


「違うよ」


先ほどより少し大きな声が馨の言葉をさえぎる。


「……はい?」

「違うよ!!!」


苛々した拳を壁に叩き付けて怒鳴りつける。

稲村の怒鳴り声に馨の体が強ばる。


「お前が同じチームだったらって話だ!」

「…どういう、ことですか?」


冷静に返す馨に稲村は嘲笑に似た笑みで話を続ける。


「はっ…。もし、お前が男だったらって話をしているんだ」

「え………?」

「もし、お前が女でなくて男だったら…うちの流川とコンビが組めただろうよ。…きっと最強のコンビになっていただろうなぁ!!」

「!!!!!!!」


馨の体が一気に凍りつく。

好意的な言葉ではないことは口調で判った。

純粋に馨の力を欲しているのではなく…


「キャ、キャプテン!」


水沢が稲村を止めようと声をかけたが、稲村には届かなかった。


「俺はな、前から残念に思ってたんだ。どうしてお前は女なんだ。どうしてお前は男じゃないんだ。ずっと、ずっと勿体ないって思ってたんだ。はは、お前と流川のコンビ、最高じゃないか!」

「あ………」


馨の手が痙攣を起こしたように震えだす。


「お前も流川と一緒に試合ができたらって思ってたんだろ?そしたらこの試合もきっと勝っ…」

「キャプテン!!!!!」


水沢の一声で廊下が静まり返る。

馨はガクガクと震える足でわずかに後ずさりする。


「あ……わたし……そんなつもりじゃ……あの…ごめん…なさい…」


馨は逃げるようにその場から走り去った。

それと同時に…


ダァァン!!!!


「…っ!!」

「てめぇ…」

「流川先輩!!」


流川が稲村の襟元を掴み、壁に思い切り叩き付けた。

強く叩きつけられた稲村の顔が痛みで歪む。


「る、流川っ…!!」

「……」

「……」


流川の目を見た稲村が凍りついた。

今まで見たこともない鋭い目。

試合中のそれとは全く違う。

冷たくて、凍りつきそうな冷酷な目。

稲村は思わず息を飲む。

流川の視線で金縛りにあった自分が悔しくなった。


「…ふっ。流川、お前も同じだろ?俺と同じこと考えてたんだろ?違うか?」

「てめぇ……」


流川は腕の力を更に強める。

稲村の顔が苦痛で歪む。


「てめぇ…もう一度そんな事を言ってみろ…。…俺がキサマをぶっ殺す」


低い声が稲村の脳内を支配する。


「…くっ!」


掴んでいた襟元を突っぱねるように離し、流川は馨が走っていった方に走っていった。

稲村はその勢いで座りこんでしまう。


「……チッ」


睨まれている時間はわずかだったが、ひどく長く感じた。

立てないでいる稲村の前に水沢が立ちふさがるように前に出る。


「キャプテンはそんなこと考えてたんですか」

「……」

「俺は馨先輩と流川先輩の1on1見て、すごいなって思ってました。同じチームでプレイしたらきっと凄いだろうなって思ってました。」

「ははっ、なんだ、水沢も同じこと考えてたのかよ」

「同じじゃない!!」


水沢は声を荒げる。


「同じじゃない。俺は、キャプテンみたいに残念だとか勿体ないとか思ったことは一度もありません!!!」


水沢はぐっと拳を握り締める。

力を入れていないと、腕が言う事を聞かず、暴れだしそうだったからだ。

流川の代わりに目の前の人を殴ってしまいそうだった。

興奮する自分を必死で押さえ、冷静を装う。


「そんなこと、一度も考えたことありません…流川先輩たちも、そんなこと一度たりとも考えたことないはずです」


水沢は、流川と馨が走っていった廊下に目を移す。

昼間なのに、廊下が妙に暗く見えた。




To be continues

2010.10.09
8/8ページ
スキ