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#16 前に進むその思い


ハンドルを持つ手に力をこめ、夢中で自転車のスピードを上げていく。

早朝の少し冷たい空気が顔に当たる。

風の匂いが、徐々に街中のものから海のものへと変わっていく。

家屋が立ち並ぶ坂道を一気に下り、再びゆるい坂道をのぼると、視界が一面に開ける。

目の前には朝の光で静かに光る湘南の海。

海から来る潮の香りが何故か懐かしく感じる。

青々と茂る江ノ島と、遠くに見える烏帽子岩。

昔から全く変わらない景色に安堵感を覚える。

馨は自転車を止め、誰もいない砂浜へと足を踏み入れる。

踏みしめる度に伝わるサラサラとした砂の感触。

靴をを通してでもその粒子の細かさがわかる。

思わず座り込み、その感触を手で確かめる。

波の音をただ座って聞き入る。

小さく揺れる波が太陽の光をキラキラと反射させる。

穏やかな波の音は苛立つ気持ちを落ち着かせてくれた。

海から来る爽やかな潮風はぐるぐると渦巻く頭をすっきりとさせてくれた。


…気持ちいい


目を閉じ、深呼吸をして、海の感触を体全体で感じ取る。

この海は何度来ても気持ちがいい。

見ているだけでこんなにも気持ちを透明にしてくれる。

不思議な場所だ。



…ワン!



遠くから犬の鳴き声が聞こえた。

声の聞こえた方を見ると、大型犬とともに自転車に乗る人物の姿。

細かい粒子の砂に車輪を取られて少し漕ぎにくそうだ。


(…ん?あれは?)


どこかで見たような人物だった。

少しずつ浮かび上がってくる一人の人物。

短髪のハキハキと喋る、元気すぎる、少年。

名前を思い出したのと同時に向こうから叫び声ともとれる声がかけられる。


「あーーーーーっ!!」

「げっ…!」


片手を後ろにつき、よろめきそうになる体を支える。


「馨先輩!馨先輩じゃないですか!!」

「や、やっぱり、水沢…イチロー…」


なぜこんなところに、という言葉を飲み込み、倒れ込まんばかりに自転車をこちらへと向かわせる水沢イチローを馨は苦笑いで待ち受けた。



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