#15 挑戦する者たち
「……」
馨は黙って立ち尽くしたまま沢北が見えなくなるまで見送ったあと、沢北とは逆の方へ歩みを始めた。
沢北は一度も振り返る事無く角を曲がっていった。
一瞬見えた横顔は真っ直ぐ前を向いていて瞳には力強い光が見えた。
『流川のプレイを見て、何か感じなかった?』
「……」
沢北の言葉が何度も頭に浮かんでは消える。
感じたこと……
今日、流川に『会いたい』気持ちで会場にやってきた。
流川を発見した時はとても嬉しくて胸が踊った。
そして、
流川のプレイを見て感じたことは…
冷静に見ていた時もあったけれど…、ずっと目を奪われていた。
ドリブル、
フェイク、
シュート、
ダンク…
試合中の姿が次々と浮かんでくる。
その姿を見るたびに、この人はなんて素晴らしいプレイをするんだろう、と思った。
同じフロアで戦っている選手が…同じ目線で声援を送る選手が羨ましい、そう思った。
そう、同じ目線で。
同じフロアで…
その時、馨の中で膨れ上がっていたものが風船の様にパァンと弾けた。
「……わかった」
ピタリと足を止める。
「私、楓とバスケがしたいんだ…」
無意識にポツリとつぶやいた言葉に自身で驚いてしまった。
その言葉は純粋な自分の気持ち…本心だった。
心の中で思った事を口に出してみて、初めて言葉の意味を理解した。
(そうだ…)
『この人と、ずっと一緒に、バスケがしたい』
あの、凄いプレイヤーと一緒に『バスケ』ができたら…
さっき、同じことを思っていたのに、なぜ今頃衝撃を受けたのだろう。
言葉の「本当の意味」を今、理解した。
「……そっか。わかった。私のやりたいこと」
しばらく歩いたところで人の気配を感じ、ハッと意識を自分へと戻す。
「……おや?キミは…」
「……あ」
(湘北の、安西監督…)
そこにはメガネをキラリと光らせた安西監督がいた。
山王相手に、どんなに追い詰められてても、選手達が絶望に侵されてもなお、最後まで諦めず選手に勝つための指示を送り続けた人物…
(…そうだ!)
馨は安西の元に駆け寄る。
「あ、あの…安西監督ですね!?…私、流川楓の双子の姉の流川馨です!」
「あぁ…、どうりで似ていると思ったら、お姉さんでしたか。今日は試合を?」
「あ、はい…。あっ!3回戦進出おめでとうございます!」
「あぁ、ありがとうございます。今日は流川くんが最後まで頑張ったお陰です。彼はとても頑張りましたよ。…素晴らしいプレイでした」
馨がペコッと頭を下げると安西も深々と頭を下げた。
優しく、ゆったりとした口調に、馨の気持ちは穏やかになる。
こんな口調でピンチの時もどっしりと構えていたのだろう。
上の者が動じず構えていれば、下の者はそれだけで気持ちを穏やかに保てる。
(この人は…きっと素晴らしい監督だ…)
馨は直感でそう思った。
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