#15 挑戦する者たち


「え…オレを…知ってるの?」


確かに、彼女の口から自分の名前が発せられた。

彼女が目の前にいるというだけで驚きなのに、その彼女から意外な言葉を耳にして、更に驚く。

「負けた」というドロドロとした気持ちなど、どこかへ吹っ飛んでしまった。


「あ、試合、見てたから…」


途端にパッと沢北の顔が明るくなる。

自分のしてきたことは、無駄じゃなかった、と。


「試合、見てたの?そうか…よかった」

「?」


……………



廊下の奥にベンチを見つけ、二人並んで座る。

馨は思い出したように自販機の前に走り、飲み物を購入し、沢北の前に戻る。


「試合後はちゃんと水分取った方がいいですよ」


ニコリと笑って沢北に1本差し出す。


「いや、悪いよ」


遠慮して断ると馨はもう片方の手に持っていた2本目の缶を沢北に並べて見せる。


「2つ買っちゃったんで、飲んでください。じゃないと1本無駄になりますから」

「そうか…じゃぁ…ありがとう」


少し笑って沢北は目の前に立つ馨から缶を受け取り、ゴクゴクと飲む。

喉を通る冷たさがサアッと体に染み渡り、とても気持ちいい。

火照った細胞一つ一つに浸透していく感じがした。

そして馨が隣に座ったのを確認して口を開く。


「試合、見てたんだね」


馨はコクリと頷く。


「弟が、出てたから」


やっぱりそうか、と思いながら沢北が少し笑みを作る。


「流川楓、だね?」

「双子なんです、私たち」

「へぇ、どうりで……そっか、不思議な事もあるもんだね」

「?」

「俺…君にずっと会いたかったんだよ」

「え?」

「お礼を言いたかったんだ。まさか流川の身内とはね…」

「…お礼?」


突然会いたかったと言われた上、感謝されて馨はただ目を丸くする。

彼が自分を知っていて、しかも自分に会いたかったなんて。

いきなりの事で頭の整理がつかない。

状況がよくわからないような顔をしている馨に説明しようと、沢北は昔を思い出し神妙な顔になる。


「俺はさ…退屈してたんだ。バスケに。大好きなはずのバスケに退屈してたんだ。試合に出てもどこか集中できない。強いと言われる奴を相手にしても物足りなさを感じる…複雑だったよ。大好きなバスケに対して『物足りない』って感じる事は…」


沢北は手に持つ缶を見つめ、話を続ける。


「オヤジの提案でアメリカ遠征に行ったんだ。正直、自分ならアメリカの選手相手でも互角にやりあえると思ってたんだけど…向こうの選手にコテンパンにされてさ。挑んでも挑んでもダメだったんだ。だから、何ていうか…」


沢北は無理に笑顔を作る。


「…少し落ち込んじゃったよ。自分の持っている技術は本場の選手には到底及ばないって」

「……」


沢北のぎこちない笑顔を、馨は真顔で見つめる。


「どうしたらいいかわからなかったよ。自分の全てを叩きつぶされたような感じでさ。」

「…沢北さん…」


馨は少し切なげに語る沢北の顔を同じような表情で見つめていた。

沢北の気持ちは痛いほどわかった。

沢北はそんな馨の視線に気づき、目を合わせる。

先ほどのぎこちない笑顔はない。


「そう思ってる時に、君のプレイを見たんだ」

「え?」


沢北の顔がどんどん明るくなる。


「俺、アメリカで君のプレイを見たんだ。一人で散歩してたら…偶然、広場でプレイしている君を見たんだ。…やっともらったパスで打った、あのブロックを越えるシュート…」

「……」

「衝撃的だったよ…」

「じゃあ、試合で見せたあのシュートは…」

「君のシュート、真似させてもらったよ。あいつの目の前で。流川と君はそっくりだった。きっとこいつは君の兄弟に違いないと思ってね。お礼をこめて挑まさせてもらったよ。君のシュートを使って。」


わくわくと楽しそうに話す沢北の顔は試合に負けた選手の顔ではなかった。




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