#15 挑戦する者たち
山王の選手達は一言も発しないまま、廊下を歩く。
負けてはいけないと思っていた。
負けるだなんて微塵も思っていなかった。
しかし、今この現実は違っていた。
「………」
沢北は、一度も振り返る事無くフロアを後にした。
ぎゅっと前を見据えて、ゆっくりと廊下を歩く。
前を向いてはいたが、見るものは頭には入っていなかった。
誰も、何も言おうとはしなかった。
(………)
悔しい気持ち?
悲しい気持ち?
それとは違った感覚が沢北を襲う。
目の前を歩く堂本監督が深津の肩に腕を乗せ、穏やかに言った。
「はいあがろう。『負けたことがある』というのがいつか、大きな財産になる」
(『負けたことがある』…)
沢北は堂本監督の言葉の意味を噛み締めていた。
足に重みを感じる。
そして徐々に歩く事をやめ、ゆっくりと動きを止めた。
「………」
うつむき加減になり両の拳に、ぎゅっと力をこめる。
「あれ…沢北さん、どうしたんですか?」
歩く事をやめた沢北に気づき、美紀男がすかさず声をかける。
「あ…、いや…ちょっと一人でいたいんだ。後から行くから監督に言っておいてもらえないか?」
「沢北さん…」
無理に笑顔をつくる沢北を見て、美紀男は沢北の心情を察してそのままゆっくりと控え室へと向かう。
(辛いんだ…沢北さん…)
廊下をまっすぐ行ったところに控え室があるが、沢北はまっすぐ向かわずに角を曲がる。
(負けた…)
頭の中で先ほどの試合が次々と頭の中に流れ込んでくる。
大きな歓声。
初めて出会えた「互角」と思える相手。
その相手との激しい攻防。
そして、勝敗を決めたブザービーター……
(大きな財産、か…)
負けたショックが大きい今、その言葉の意味を半分くらいしか理解することができない。
ふうっ…と大きな息を吐き、自分の気持ちを必死に整理しようと前を見ると、誰かが壁にもたれかかり、座り込んでいた。
歩を進めるにつれ、その輪郭がハッキリと見て取れた。
(あれは…?)
相手は自分には気づいていないようだが、沢北の中でだんだん確証に近いものが生まれてくる。
(もしかして、あの人は…)
でも、まさか。
こんなところにいるはずないのに。
「あ………」
はっきりと自分の思った人物と同じ、という確証が取れたのは目の前で「彼女」を見たとき。
思わず口から驚きの言葉が出てしまった。
なんでこんなところに…
彼女は声をかけられ、ハッとした表情で見上げた。
目には沢山の涙。
急いでゴシゴシと拭き取り、こう言った。
「沢北、さん…」
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