パパスネシリーズ
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土曜の朝。
リビングの小さなソファで、娘がきらきらした目を向けて言った。
「ねえパパ、わたしもポムポムドロップシールがほしい!」
「シール?すでに沢山持っているだろう」
スネイプも最近、子供たちの間でシール交換が流行っているのは知っていた。自分の娘も例に漏れず、毎日シール帳を宝物のように握りしめて、せっせとシールを貼っている姿が微笑ましい。
「だってわたしはふつうのシールしかもってないもん!」
「なんだ……そのポムなんとかってのは」
スネイプはキッチンで皿を洗っていた妻に問う。
「あら?セブルス知らないの?なんかこうぷっくりしたシールで、いま人気すぎて入手困難なのよ。私も探し回ったけどどこにも売ってなくて……」
「ママが探してなかったなら無いんだろう。……友達に交換してもらうのじゃだめなのか?」
「やーだー!!わたしもじぶんのポムポムドロップシールがほしいの!!〇〇ちゃんはもってるのに!」
娘は頰を膨らませ、妻そっくりな表情で怒った。
スネイプは知らなかったが、子供のシール交換の世界は意外とシビアなのである。シール交換の世界にはレートというものが存在し、同等の価値を持つシールでしか交換が成立しないのだ。
入手困難なシールともなれば、所有者もそう簡単には手放そうとしない。ポムポムドロップシールが欲しければ、ポムポム同士でないと交換するのは難しいだろう。もしくはお気に入りの可愛いシールをありったけ大放出するかだ。
「ねえ、パパおねがいー!!」
娘はスネイプによじ登り、血色の悪い頰にむちゅっとチューをした。
……自分を見上げる愛らしい瞳。
こぼれ落ちそうなふっくらとしたほっぺた。
何百回と考えたが、自分の遺伝子が作り出したとは思えない可愛さである。
スネイプはこれには弱いことを十分自覚していた。
(無論、娘の方も父親がこれであっさり陥落するのを分かっていてやっているのである)
「パパ……かってきてくれる?」
「……分かった。パパが探してこよう」
ホグワーツで最も恐れられている教師であるスネイプも、自分の娘にはただの甘い父親だった。
***
「探してくる」と言って、街に出たはいいがポムポムドロップシールはどこにも売っていなかった。
スネイプは文房具屋、雑貨屋、本屋、などなどシールを売っていそうな、ありとあらゆるところを探し回ったが、一向に出会える気配がない。
恥を忍んで、品出しをしている店員に「ポムポムドロップシールは置いてないか」(この商品名を発するのすらかなり恥ずかしかった。なにがポムポムだ)と聞けば、どの店員もうんざりした顔で「次の入荷待ちです」と答える。その次の入荷とやらを聞けば、それすらも供給が逼迫しているため未定なのだと言う。
シール売り場には同じようにポムポムドロップシールを探し求めているのか、疲れた顔をした親たちがウロウロしていた。
一体この社会現象はなんなのか。
たかがシールに貴重な休みを使って自分たちは何をさせられているのか。
もう何時間も探し回ったが、売っているのは普通のシールばかりだった。
娘に格好つけて出てきてしまった以上、戦利品なしに戻るのは悔しかったが、どこにも売っていないのだから仕方ない。ないものはないのだ。
いっそ模倣の魔法を使って自作してしまおうかと思ったが、あれとて実物が目の前に一つなければ作れない。
愛娘には悪いが、埋め合わせとして普通のシールを買っていってやろう。なに、今まではキラキラしたシールで充分目を輝かせていたのだ。詰め合わせのようにして、いろんな種類のシールを買っていってあげれば彼女も喜んでくれるだろう。
そう思ってスネイプは最後の一件の前に立った。
そこはスネイプには最も似つかわしくない、パステルカラーと甘い香りでいっぱいのファンシーショップだった。
店内にはふわふわのしっぽやユニコーンのぬいぐるみ、虹色のヘアピンや、ぷにぷにしたキーホルダーに外国製のカラフルなお菓子などが所狭しと並んでいる。まさに女の子の「かわいい」を詰め込んだような店だった。
ホグワーツの生徒がこんな店にスネイプが入っていくのを見たら、錯乱の呪いでもかけられているのかと思うだろう。
スネイプはなるべく気配を消して、羞恥をこらえながら入店し、シール売り場を探した。
……あった。
ファンシーショップとだけあって、かなりの種類のシールが揃っている。
ないとは思うが念のため、スネイプは隅から隅までポムポムドロップシールが残っていないか探した。
すると、シールコーナーの片隅に宝石のごとく光り輝くポムポムドロップシールを発見した。
一瞬、疲労困憊の頭が見せた幻覚ではないかと思った。
しかしシールの上部には間違いなくポムポムドロップシールと書いてある。それにどのシールよりも分厚く「ぷっくり」している。
スネイプは息を呑み、すかさず手を伸ばした。
その瞬間、どこからともなく現れた若い主婦も同時に手を伸ばしたが、スネイプの方が数秒早かった。
若い母親は悔しそうに顔を歪めた。
スネイプはこの母親も子供のために探し回っていたのであろうことを考えると、罪悪感が湧いた。
しかし母親の足元にいる子を見やれば、小さな女の子はすでに分厚いシール帳を握りしめており、何個もポムポムドロップシールを所持していることが伺える。
……自分の娘はまだ一つも持っていないのだ。
君は沢山持っているのだからいいだろう。許せ。
スネイプはぶすっとした顔の子供から視線を逸らすと、即座にレジへと向かった。
***
「買ってきたぞ。ポムポムドロップシールだ」
帰宅早々、スネイプは誇らしげにファンシーショップの袋を娘に差し出した。
「わあ!パパほんとうにみつけたの!?すごいすごい!!ありがとう!!!
飛び跳ねて喜ぶ娘に、一日の疲労が吹き飛んでいくようだった。
ガサガサと嬉しそうに袋を開ける娘。
しかし彼女の嬉しそうな顔はすぐに曇った。
「どうした?それがポムポムドロップシールだろう?」
「ちがう……」
「違う?」
「あまつぶちゃんのじゃない……」
「あまつぶちゃん?」
「ちがうの……これじゃないの……えぇーーん!」
突然泣き出した娘に、ベランダで洗濯物を取り込んでいた妻が何事かと戻ってきた。
「あらあらどうしたの?わあ!すごい!本物だ。セブルスよく見つけたわね。どこにあったの?」
「これが探してたやつだろう。なぜ泣いてるんだ?」
「ポムポムドロップシールもキャラクターのやつとか色々あるのよ。これも可愛いけどたぶんお目当てのやつじゃなかったのね……」
「そんなこと最初に言ってなかったではないか」
「まだ小さいからそこまでよく分かってないのよ。ほら、パパがせっかく買ってきてくれたんだから嫌だとか言ったらダメでしょ。ありがとうじゃないの?」
「やだ!!あまつぶちゃんのがよかったんだもん!!もうパパきらい!!!」
「こら!そんなこと言わないの!!」
一日中探し回った後に喰らった理不尽な「パパきらい」はスネイプのハートに大きなダメージを喰らわせた。
しかし彼女を悲しませてしまった原因は、日頃仕事ばかりにかまけて、娘の好みをろくに把握していなかった自分にあるのだ。できる限り週末は帰ってきているとはいえ、娘と過ごす時間が少なすぎる。
拘束時間が長すぎるホグワーツ魔法魔術学校での仕事などいっそ辞めてしまおうか。他人の子供の面倒ばかり見させられて、自分の娘との時間が取れないなど本末転倒だ。
スネイプはわんわん泣き喚く娘を力強く抱きしめてあやしながら、来週の休日は予定していた薬学学会への出席を取り止め、絶対にあまつぶちゃんシールを探しに行こうと心に誓った。
おわり
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