スネイプ先生の日常シリーズ
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【ハリー・ロン・ハーマイオニーver.】
夏のホグワーツにお祭りがまたやってきた。
昨年、ダンブルドアの思い付きで開催されたジャパンスタイルの夏祭りは大好評で、熱望する声が多かったことから今年も行われることになったのだ。
ハリー、ロン、ハーマイオニーの仲良し三人組は浴衣に身を包み、両手いっぱいにお祭りフードをかかえて夏祭りを満喫していた。
盆踊りも花火も終わり、楽しいひとときもそろそろ幕を閉じようとしていた。
三人組は祭りの終わりを惜しみながら、見逃した屋台がないかと会場をもう一巡りしていた。
「ハリー、やっぱり僕もう一回タコヤキが食べたい」
「ロンったら食べすぎよ!それ以上食べたらお腹を壊すわ!」
「でもタコヤキは夏祭りじゃないと食べられないじゃないか!今日を逃したらまた一年食べられない!」
「そうは言っても……!限度ってものを知りなさい!」
ロンとハーマイオニーが子供と母親のような会話を繰り広げていると、ハリーが遠くにある屋台を見つけた。
「ロン、ちょっと見て!――あれスネイプだ。あのテントはなんて書いてあるか分かるかい?」
「僕に日本語が読めるわけないだろうハリー。ハーマイオニーなら分かるんじゃないか?」
「私だって日本語なんて分からないわ!でも待って、小さくゴールドフィッシュって書いてない?」
ハリーが指さした赤いテントには黒い文字で「金魚すくい」と書かれていた。その下には遠慮がちな金文字でGoldfishと書いてある。
ザ・お祭りカラーの目に眩しいテントの下には、昨年と同じ紺色の甚平を着たスネイプが陰気なオーラを放ちながら、心底つまらなさそうに座っていた。傍らには誰かが差し入れてくれたのか、焼きそばのパックが置かれている。
「一体何の屋台かしら?ジャパンではゴールドフィッシュを食べるの?」
「まさかハーマイオニー!あれは『金魚すくい』の店さ。知らないのかい?」
ハーマイオニーが金魚を食べるなんてと顔をしかめると、ハリーが苦笑いしながら言った。
「金魚すくいって?」
「その名の通り金魚をすくうんだ。日本の夏祭りの定番のゲームだって昔マグルの学校で習ったことがある」
ハリーが少しだけ得意気に教えると、ハーマイオニーは眉をひそめた。
「金魚をすくうですって?生きた金魚を?」
「そうだよハーマイオニー。薄い紙を貼ったラケットみたいなやつで金魚をすくうんだ」
ハリーの説明を聞き、ハーマイオニーはさらに眉間の皺を深くした。
「生きた金魚を、ラケットですくう……?」
「ウ、ウン。そういうゲームだよ、たしか」
一言一言を確かめるように言うハーマイオニーに、ハリーが少し言いづらそうに答えた。
その瞬間、ハーマイオニーの目に正義の炎が燃えた。
「そんなの残酷だわ!魚の粘膜はとても繊細なのよ!ラケットで触れたりしたら傷ついてしまうわ!」
突如烈火のごとく怒り出したハーマイオニーに、ロンがイカ焼きを食べながらモゴモゴと言った。
「待てよハーマイオニー、たかがゲームだろ?それに金魚なんて……」
「たかがゲームですって?命をなんだと思ってるのロン!生き物はすべて大切にしなきゃいけないわ!そんな残酷なゲームわたし許せない!私ちょっとスネイプ先生に意見してくるわ!!」
ハーマイオニーの一言に、その場の空気がぴりりと張り詰めた。
「いや、でも…」ロンが止めかけたが、もう遅い。
ハーマイオニーはすでに、決意に満ちた足取りでスネイプの屋台へ向かっていた。
「ちょっと、待ってってハーマイオニー!ハーマイオニーったら!……どうしてハーマイオニーはいつもスネイプに突っかかるんだよ!!あんなやつ放っておけばいいのに!」
「わからないよロン……」
ロンとハリーの必死の呼びかけも虚しく、ハーマイオニーは正義感に満ちた顔でずんずんと赤いテントにまっすぐ進んでいく。
ハリーとロンは仕方なくふらふらと彼女の後をついて行った。
「……スネイプ先生少しよろしいですか」
テントの前で静かながら、しかし明らかに臨戦態勢の声で、ハーマイオニーはスネイプをしかと見据えて言った。
「これはこれはミス・グレンジャーとグリフィンドールの諸君」
スネイプはようやく現れたお客に項垂れていた頭を上げる。
彼の足元には大きな水色のタライがあり、そこにはスネイプに似つかわしくない鮮やかな金魚が涼しげにわらわらと泳いでいた。
「一回5シックルだ」
グリフィンドール生を前にすれば嫌味を言わずにいられないスネイプだが、今日ばかりは与えられた役目に徹しているのか、金額だけをぶっきらぼうに告げる。
しかしハーマイオニーは信じられないといった様子で声を張り上げた。
「わたし、金魚すくいをやりに来たんじゃありません!」
「ほう。では、ただ冷やかしに来たと」
「違います!!あの、こんなゲームは金魚が可哀想です!すぐにやめるべきだと思います!生き物をおもちゃにするなんて……」
拳を強く握り、わなわなと怒りで顔を赤くするハーマイオニーに、スネイプは小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「聡明な首席殿に心配されなくとも、これは魔法で出来た金魚だ。24時間後には消えるようになっている。……まったく貴様らのような愚鈍な生徒に本物の魚を与えでもしようものなら、どうせ飼えなくなって最後は湖に放つのがオチだろう。貴重な湖の生態系を壊されては叶わんのでな」
スネイプの予想外の答えにハーマイオニーは早合点していた自分を恥じ、燃えるように顔を赤くした。
「そ、それはすみませんでした……私そのあまりにリアルだから本物の金魚だと思って……」
「フン。それでやるのかね。やらないのかね」
スネイプはだるそうに箱からポイをつまみ上げる。
ハーマイオニーは一瞬戸惑う様子を見せたが、ここまで来て何もせずに帰るのも失礼だと思ったのか素直にお金を支払い、ポイを受け取った。
「赤い金魚は何匹でもすくっていい。この黒い出目金をすくうことができたら景品がある」
「景品?」
スネイプの景品という言葉を聞いて、後ろから静かに見守っていたロンが大きな声を出した。
「左様。ホグワーツ生の誰もが喉から手が出るほど欲しがるような景品が用意されている。もっとも一番重量のある難易度の高いこの金魚が貴様らに捕まるとは思えんがな」
ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべるスネイプの挑発的な言葉に、ロンはむっとした。
「ハリー。僕たちもやろう」
「エッ。僕はいいよ――」
「誰もが欲しがる景品だぞ!欲しくないのか!?」
ハリーは景品よりも、とにかくスネイプから距離を取りたかった。せっかく夏祭りを満喫していたのに、最後の最後で楽しい気持ちをぶち壊されるのはごめんだ。
この男と近づいたらが最後。絶対に嫌な気持ちになって帰る羽目になるのは目に見えている。
しかしロンは景品とやらが気になって仕方ないのか、もうスネイプからポイと器を受け取ってしまった。
迷うハリーに、スネイプは臆病者とでも言いたげな視線を向ける。
「英雄殿はこのような遊戯には興味がないとお見受けする」
「……僕もやります」
いつもと変わらぬ癪に障る言い方に、ハリーはスネイプからふんだくるようにポイを受け取った。
「こんなの簡単さ。だってすくうだけだろ?」
まずは勇ましくロンがポイを水に浸した。
小さめの赤い金魚を狙い、一瞬うまくすくい上げられそうに見えたが――
「あっ!クソッ!ハリーだめだ。もう破けちゃった」
ポイを深く水に入れすぎたせいで、あっさりポイは破れ、ロンは一分も経たないうちにゲームオーバーになってしまった。
それを見ていたハリーは慎重にポイを水に沈めてみたが、小さめの金魚をすくいあげようとしたところで、金魚がピチピチと跳ね小さな穴が空く。一度穴が空いてしまえば、あっという間にポイはふやけて使用不可能になってしまった。
ハーマイオニーも同様にチャレンジするが、やはり一匹もすくうことの出来ないまま終わってしまった。
「クソッ!こんなのインチキだ!わざと破れやすいのを渡したんだ!」
「おやおや我輩はちゃんと規格に則ったポイを使用しているのだがね。足りないのは貴様らの技術の方だろう」
(スネイプは『5号』と書いてある業務用ポイの箱を見せる。確かにスネイプが渡したのは一般的な金魚すくいの屋台で使われる標準的な強度のポイだった)
「ハリー!ハーマイオニー!帰ろう!」
ロンが不貞腐れ、後ろを振り向いて帰ろうとした時。
遠くから三人の方を見ていたネビルと目が合った。
ネビルはくじ引きで当てたらしい大イカの巨大ぬいぐるみを嬉しそうに抱えている。
「おい、ネビルじゃないか!ちょうどいい!ネビルもやれよ!すごい景品があるらしいんだ!」
「ぼ、ぼ、僕はいいよ……」
ネビルはロンの先にいるスネイプを見てブンブンと首を振る。
ネビルとて、彼がもっとも恐れるスネイプにわざわざこんな時まで近付きたくないのである。
彼はたまたま遠くに同じ寮の三人組が何かしているのを見つけて声をかけようか迷っていただけだ。
しかしロンは悔しさからか、ネビルに屋台まで引っ張ってくると無理やりポイを握らせた。
「頑張れよネビル!」
ネビルは泣きそうな顔をしながら金魚の泳ぐタライに近付く。怯えきった様子にスネイプは馬鹿にしたように鼻を鳴らすと、ネビルはビクッと体を震わせた。
「じゃあ……いくよ」
ネビルがポイを水に浸ける。
ハリー、ロン、ハーマイオニーの3人はその様子を固唾を呑んで見守った。
ネビルはまずオレンジ色の小さめの金魚を狙うようだ。
そっとポイを沈め、タイミングを見計らう。
金魚が水面に上がった瞬間を狙って素早くポイを傾けると、オレンジの金魚はツルッと器に滑り込んだ。
「やったぞ!!ネビル!!」
「ネビルあなた凄いわ!!」
一匹も金魚をゲット出来なかった彼らにとって、ネビルの見事な手さばきは神業のように見えた。
「へへ……ありがとう」
三人からの称賛の嵐にネビルは照れくさそうに笑う。
腕組みしながら見ていたスネイプは、面白くなさそうに小さく舌打ちした。
ロンは興奮気味に叫ぶ。
「ネビル!次はあの黒い金魚を狙うんだ!」
「出目金かい?」
「ウン。あれを取ったら誰もが羨むような景品が貰えるらしいんだ――君ならできるかも!」
「やってみるよ」
ロンに背中を押され、ネビルは黒い出目金を探した。
ぽってりとした体に長い尾びれを優雅になびかせながら泳ぐ出目金は、人目から逃れようとするかのようにタライの端っこを泳いでいた。
ネビルは息を潜め、水面近くまで出目金が浮かんでくるのをじっと待った。
出目金はなかなか姿を見せなかったが、ようやくその重たい体が水面へと上がってくる。
ネビルは逃さずその瞬間を狙い、ポイの縁のプラスチック部分を巧みに使って出目金をすくい上げた。
――バシャッ!
出目金は見事に器の中へと着地した。
「よっしゃあああ!!!!!でかしたぞネビル!!」
ロンは拳を宙に突き上げ喜んだ。
ハリーとハーマイオニーも大興奮である。
みんな心の何処かであのネビルが成功するわけがないと思っていたから、彼の意外な特技にびっくり仰天だ。
「僕、ネビルにそんな特技があったなんて知らなかった」
ロンが見直したとばかりにネビルに尊敬の視線を送る。
「実はばあちゃん家で熱帯魚を飼ってるんだ。水槽を掃除するのはいつも僕の仕事だから……」
ネビルは頬を赤らめながら誇らしそうに答えた。
大喜びのグリフィンドール勢を前に、スネイプはまるで買ったばかりの綿あめをうっかり地面に落として踏みつけられたような顔をしていた。
しかし渋々テントの裏に回ると、何やら高級感のある大きな黒い箱を持ってきた。
「さて……約束は約束だ。勝者ロングボトムに景品をやろう」
「あ、ありがとうございます」
スネイプからずしりと重い箱を渡されネビルの顔が引きつる。
予想よりも重量感のある箱に、筋力のないネビルは少しだけよろめいた。
「早く開けよう!ネビル!!」
「ウン。ちょっと待って……」
三人が覗き込む中、ネビルはゆっくりと箱を開けた。
そこに入っていたのは――
「お、大鍋?」
「す、凄いわ!!ネビル!これオブシディアンブラックコールドロンよ!」
「お、オブ?なんだって?」
「イタリアの老舗大鍋メーカー、カルディーニの最新モデルよ!魔法界最高峰の鍋と言われているのよ!」
目の前にあるのが信じられないという声を上げるハーマイオニー。目を輝かせながらうっとりと大鍋を見つめ、漆黒の輝きを放つその表面を撫でている。
一方ネビルは困惑の表情を浮かべていた。
箱の重さにもしや本ではないかと思ったが、まさか大鍋とは。
これは本当に景品なのだろうか。
勝ったのがネビルだったから、彼のことを毛嫌いしているスネイプは嫌がらせで違う物を渡したのではないだろうか。
そんなネビルをよそにハーマイオニーは大興奮だ。
スネイプはどこか得意気に唇の端を歪めた。
「左様。これは魔法界最高峰の大鍋だ。最高品質の素材で作られているうえ、所有者のポテンシャルを最大に引き出す魔力を持っている」
「スネイプ先生一体これをどこで……」
「我輩を誰だと思っているのかねミス・グレンジャー。さて、この鍋が愚鈍な生徒の手に渡るのは我輩としては誠に遺憾ではあるが、まあ、その鍋を使って調合に失敗する方が難しいだろう。教科書がろくに読めない貴様でも少しはマシな物が作れるようになるかもしれん。新学期が楽しみだなロングボトム……」
予想外の「景品」を手にしてしまい、ネビルは今にも泣き出しそうだった。
まさかお祭りの最後に大鍋を抱えて帰る羽目になるなんて。
大イカのぬいぐるみだけで十分だったのに。
だが、冷静に考えれば最初から気付くべきことだった。
ここはあくまでも「スネイプ」の屋台なのだ。
彼の考える「誰もが欲しがるもの」など、子供にとって喜ばしいもののはずがない。
大量の干からびた毛虫や、謎の動物のミイラ化したものではなかっただけ、ネビルはまだ幸運だったと言うべきだろう。
ロンは「なんだよ、この景品。完全に嫌がらせじゃないか」と悪態をつき、
ハリーはプレッシャーに震えるネビルの背中をそっとさすった。
一方ハーマイオニーだけは、ネビルの腕の中で堂々と鎮座する大鍋を羨ましそうに見つめ、唇を噛んでいた。
おしまい
[newpage]
【スリザリン女子×スネイプ先生 夢小説ver.】
今年もホグワーツに夏祭りの季節が訪れた。
「わざわざ異国のお祭りをホグワーツでやる意味ってあるのかしら?」
ダンブルドアの突拍子もない思い付きを友人たちは馬鹿にしていたけれど、いざ当日となれば皆こぞって可愛い浴衣を奪い合い、思い思いに着飾っては日本風の化粧を施し、無邪気にはしゃいでいた。
私も、その中のひとりだった。
紫と淡い桜色の浴衣に袖を通すと、鏡に映る自分の姿がどこか別人のようで、自然と胸が弾んだ。
揺れる提灯の光、賑やかに鳴り響くお囃子の音。
無限に打ち上がる花火でかがやく校庭は、まるで本当に日本のお祭りへと迷い込んだかのような錯覚を覚えさせる。
「ねえ見て!あそこ、スネイプ先生の屋台よ!」
「まあ本当!行きましょう!」
秘かに想いを寄せる人の名前を耳にして、私の鼓動が早くなる。
私は心の準備も出来ぬままに、はしゃぐ友人に腕を引かれて着いていった。さっき食べたりんご飴がまだ口に付いていないか心配になって、口の端をこっそり拭う。
スネイプ先生は赤いテントの下で心底だるそうに座っていた。
私達のはしゃぐ声を認識すると、うなだれていた顔を上げる。日頃の黒衣と違って紺色の甚平を着ている先生はいつもよりなんだか若く見えた。
半袖の甚平のおかげで、普段は目にすることのないスネイプ先生の男らしい腕や脚が見え、さらに心臓の音がうるさくなる。
「スネイプ先生、今年も甚平がお似合いですわ」
「……お世辞は不要だ。君たちもやるかね。スリザリン生は無料だ」
「まあ、さすが先生!みんな、挑戦しましょう!」
今年のスネイプ先生は「金魚すくい」の屋台を出していた。
私たちの国では馴染みのない遊びだ。
昨年のスネイプ先生の作ったチョコバナナがとても美味しかったから、今年はゲームの屋台に居たことが少し残念だった。
「ルールは単純だ。このポイで金魚をすくえれば持ち帰ることができる。この黒い出目金をすくえた者には特別な景品が与えられる」
「特別な景品ですって!スネイプ先生、それはどんなものですの?」
「ホグワーツ生の誰もが欲しがるような、滅多に手に入れることのできない代物だ」
「まあ!!わたし絶対に捕まえてみせるわ!」
特別な景品があると聞いて、友人たちは張り切って袖を捲りあげ、水色のタライを囲んだ。
中で泳ぐ金魚を、きゃあきゃあと声をあげながら追いかけ回す。
だが彼女たちのポイは次々と破れてしまい、結局ひとりとして金魚をすくうことはできなかった。
「次はあなたの番よ、ローラ!」
「頑張って!」
後ろから見ていた私は友人に促され、前へ進み出た。
「健闘を祈る」
タライの前に屈むと、思ったよりもスネイプ先生との距離が近くてどぎまぎしてしまう。
……こんなに彼の近くに寄ったのは、一ヶ月前にクラス全員のレポートを提出しに行ったとき以来だ。
私は上から感じる視線になんとか平静を装いながら、ポイを受け取ると真剣に水面を見つめた。
一見簡単なゲームに見えて金魚すくいはかなり難しいようだ。
大物は狙わない方がよさそうだ。
誰もが羨む景品が何なのかは分からない。けれど、それ以上にスネイプ先生の屋台から何かを手にして帰りたい。
そんな思いの方がずっと強かった。
こんな機会は、そうそう巡ってはこないのだから。
やがて私は端の方に小さく、弱々しく泳ぐ小さな金魚を見つけた。
――この子ならいけるかも。
私は金魚が口をぱくぱくと動かしながら水面に浮かび上がった、その瞬間を狙った。
私は素早くポイを滑らせ、サッと小さな身体をすくい上げる。
次の瞬間には、ブルーの器の中で金魚が戸惑ったようにバタバタと泳いでいた。
「やった!!」
勝利に思わず頰がほころんだ。
「……ほう。よくやったな。」
低い声に顔を上げれば、珍しく穏やかな笑みを浮かべたスネイプ先生の眼差しとぶつかった。
クィディッチで華麗なプレーを見せた選手や、彼が特別に目をかける生徒だけがごく稀に受け取る、あの柔らかな視線。
――それが私に向けられている。
途端に顔がかっと熱くなり、私は思わず目を逸らしてしまった。
「袋を渡そう」
先生は巾着型の袋に水を注ぎ、私のすくった金魚をそっと移し替えた。
「持って帰りたまえ」
「ありがとうございます」
友人たちは羨ましそうに袋をのぞき込み、口々に声をあげる。
「すごいじゃない!あなたそんな才能あったのね!」
「……ありがとう。でも、この子、どうやって飼えばいいかしら。寮に水槽なんてあったかしら?」
私が嬉しげに問いかけると、スネイプ先生は小さく苦笑を漏らし静かに告げた。
「残念だがそれは魔法で作られた金魚だ。24時間で消える」
***
寮に戻ると、私は体調不良を理由に部屋に籠った。
水槽代わりの丸い花瓶に移した金魚が、静かに小さな水の世界をたゆたう。
魔法で作られた物だと分かっていても、その真紅の艶のある身体はどう見ても本物にしか見えない。動きだって魚そのもので、不自然さがまったくない。
きっと私の想像も及ばないような複雑な魔法で生み出されたのだろう。
スネイプ先生の能力の高さに、改めて尊敬の念が浮かぶと同時に、やりきれない悲しさが胸を満たした。
もしこの子が本物ならずっと大切にするのに――。
夜が更けても私は眠らず、ただその儚い命を目に焼き付け続けた。
やがて夜明けが訪れた。
空が白み始め、ハグリッドのニワトリが朝を告げ始めた頃。
金魚はふと動きを止めたかと思うと、真紅の姿を砂粒のようにほろほろと崩し、跡形もなく消え去った。
花瓶には透明な水だけが残り、私の頬を伝った雫が静かに波紋を描いた。
***
「金魚の作り方を教えて欲しい……?」
勇気を出して訪れた放課後の地下室。
魔法薬学に関する質問を終えた後、何気ない風を装ってそう口にすると、スネイプ先生は怪訝そうに眉を寄せた。
「はい。あまりに綺麗で……すぐに消えてしまったのが悲しかったんです。もう一度見られたらと」
「あれは高度な魔法だ。学生の手に及ぶようなものではない」
「でも、練習すればもしかしたら……」
なかなか納得できずに食い下がる私に、先生は根負けしたようにあの魔法の仕組みをざっくりと説明してくれた。
どうやら変身術と時間を操る魔法を組み合わせた、かなり複雑なものらしい。
けれど案の定、私には半分も理解できなかった。
「……だから君には難しいと言っただろう。だが、そこまで言うなら、もう一度出してやってもいい」
「本当ですか!?」
「ああ。しかし入れる物がないな」
「あります!これを!」
私が鞄からタオルに包んで持参した小さな花瓶を差し出すと、先生は少しだけ驚いたような顔をしてから薄く笑った。
「用意周到だな。今日の本当の目的はそれだったか」
「い、いえ、その……」
「まあいい。貸しなさい」
スネイプ先生の黒い杖が花瓶に触れ、低く呪文が紡がれる。
すると水の中に赤い靄が立ちのぼり、やがて小さな金魚の姿へと変わった。
生まれたばかりの金魚はすぐに元気よく動き出し、透き通るような真紅の体をひらめかせながら優雅に泳ぎ回る。
その美しさに、私はまた目を奪われてしまった。
「……とても綺麗です。ありがとうございます」
「一匹だからいいが、祭りの時は大変だった」
「あの金魚、全部先生が用意されたんですか?」
「ああ。しばらく魚は見たくなかったな」
苦々しく眉をしかめる先生の姿に、思わず笑みがこぼれる。
タライを金魚でいっぱいにしようと、せっせと魔法をかけている先生の姿を想像すると、なんだか可笑しくてたまらなかった。
けれど生徒たちのために、そんな手間を惜しまずに用意してくれたのだと思うと、やっぱり先生は優しい人なのだと胸が温かくなる。
そういう先生の隠された優しさが私は好きだ。
「すぐに消えて悲しいと言っていたな。今回は水さえなくならなければ消えぬようにしておいた」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
輝く瞳で礼を述べる私を、先生は不思議そうに見つめる。
「魚が好きなのか?」
「……家で熱帯魚を飼っていたんです。ここでは無理だから、こうして眺められるのが嬉しくて」
もちろん嘘だった。家で魚など飼ったことはない。
スネイプ先生の生み出した金魚だからずっと手元に置いておきたかったのだ。
短いコメントが記されただけのレポートも、咳をしていた時に渡された風邪薬の薬瓶も。
彼から渡された物はどれも私の宝物だった。
私の嘘を疑う様子もなく、先生は顎に手を添えて頷いた。
「そうか。しかし一匹ではなんだか寂しいな」
先生が再び杖を花瓶に向けると、今度は黒い靄があらわれ、それは瞬く間に優雅な尾ひれを広げた出目金に姿を変えた。
「サービスだ」
「わあ……ありがとうございます!」
「餌は不要だが水だけは絶やすな。そうでなければ消えてしまう」
「はい!大切にします!」
「ならばそろそろ行きなさい。もうすぐ夕食の時間だ」
こうして私の花瓶には小さな赤い金魚と、黒く堂々とした出目金が寄り添うように泳ぎ始めた。
どこか頼りなげな小さな金魚と、悠然と黒いヒレをなびかせながら泳ぐ出目金は、まるで私とスネイプ先生のようで――。
私は花瓶を見つめて心から願った。
願わくば、いつかこの二匹のように仲睦まじく、彼の横に並べる日が来ますように、と。
おしまい