短編詰め合わせ
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魔法薬学の授業は地上からの光が入りこまない薄暗い地下室で行われる。
以前は黒いカーテンが閉め切られ、おどろおどろしい雰囲気が漂っていたが、新しい先生がやってきてからは照明が増やされ、昔とは打って変わって明るい空間になった。
薄暗い空間から一気に開放感のある教室らしい空間になり、手元も明るくとても快適に授業が受けられる。
また新しい魔法薬学の先生はとても親しみやすい人で、時に優しく、時に厳しく私達に必要な知識を与えてくれる。
前みたいにちょっとした失敗で減点されたり、嫌味を言われたりする事はなくなった。
皆このクラスをかつて支配していた威圧感から解放され、リラックスして授業を受けるようになった。
皆が足並みを揃えて、十分な理解を得た上で授業についていけるよう比較的ゆったりとした学習進度に、物足りなさを感じるのは気のせいだろうか。
いや、今までの進み方が異常に高度で早すぎたのだろう。
私達の前任の魔法薬学の先生は半年前この世を去った。
スネイプ先生。
蝙蝠みたいな黒いローブをはためかせて校内を歩いていた先生。
肩まである長い黒髪と漆黒の鋭い目。
魔法薬学の授業がある度に思い出すその姿。
スネイプ先生は死後、魔法界が闇の手に落ちるのを救ったダークヒーローとして讃えられている。
本人が知ったら断固拒否しそうだが、彼の偉業を讃える本を出版してはどうだろうか、なんて話まで出ているらしい。
ホグワーツで彼に教わっていた生徒(生徒のみならず教員もだが)誰もがスネイプ先生の本当の正体を知り、その真実に驚愕した。
二重スパイというあまりに過酷な任務を鑑みれば、彼のこれまでの異常なまでに人を遠ざける態度には合点がいった。
彼は深く閉ざした心に、誰にも立ち入って欲しくなかったのだろう。
一瞬の隙が命取りになる仕事だ。
スネイプ先生は誰にも心を開かず、孤独に、自分を殺すようにして生きながら立派にハリー・ポッターと魔法界を守った。
たとえそれが彼の贖罪だったとしても
どんなに辛い日々だっただろうか。
誰にも理解されず、弱音も吐けず、凄まじいストレスにさらされていただろう。
想像するたびに心が締め付けられる。
平和な日々が戻ってきて皆はもうすっかり忘れてしまったのだろうか、かつてのスネイプ先生の事が話題にのぼることは滅多になくなった。
私は暖かな日差しの差す窓の外を見つめた。
湖の畔にある黒い墓石。
周りには小さく可憐な花が咲いている。
***
授業が終わり昼休みの時間となった。
私は友達からの昼食の誘いを断り外を歩いていた。
今日はなんだかあまり食欲がない。
私は校舎の外へと出て、とある場所を目指した。
そのうち遠くの方に大きな湖が見えてきた。
湖の水面はキラキラと光っていてとても美しい。
湖の端まで来るとコーラルは辺りに誰も居ないのを確認し、黒い墓標をそっとなぞった。
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Severus Snape
1960-1998
R.I.P The bravest man.
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(もっとも勇敢だったひと)
そっと心の中で呟き、墓標と向かい合うように芝生の上に座った。
私は何かお供えの花でも持ってくればよかったと少し後悔した。
足の向くままに来てしまって何も持っていなかった。
足元には小さな赤い実を付けた花が沢山咲いている。
なんとなくその一つを摘むと空に掲げてみた。
赤々として生命力を感じる花。
生き生きしていて綺麗なのに、この花を見ているとなんだか焦燥感に捕われた。
太陽に花を透かして見ていると私の頬に生温い涙がつたった。
先生は何を思って黒を着ていたのですか?
闇のような瞳に何を映していたのですか?
心が休まる時はありましたか?
よく晴れた空とは対照的に悲しくて悲しくて私の心は真っ暗だった。
別に私はスネイプ先生と特別な関係にあった訳じゃない。
彼からしてみれば私はただの生徒の一人にすぎない。
眼中にも無かっただろう。
名前と顔すら覚えられていたか分からない。
記憶力のいい彼だからもしかしたら覚えてたかもしれないが、ただ一人の学生。それ以上でもそれ以下でもない。
(それでも)
私は忘れられない。
教科書を淡々と読み上げる低い声。
気品さえ感じさせる洗練された調合の手付き。
生徒が怪我すれば怒りながらも真っ先に駆け寄るその姿。
もう二度と先生の声を聞くことは出来ない。
まだまだ教わりたいことがたくさんあったのに。
どうしてもっとレポートを頑張らなかったんだろう。どうしてもっと質問に行かなかったんだろう。
どうして一時でも先生のことを闇の魔法使いだなんて疑ったりしてしまったんだろう。
考えれば考えるほど後悔の念が溢れてくる。堰を切ったように涙がぽろぽろと溢れ出した。
とめどなく溢れてくる涙を抑えきれず、声を殺して泣いているとどこからか静かな足音が近づいてきた。
「マクゴナガル先生……」
「Ms.ターナー」
私は気まずくなりうつむいた。
誰も来ないと思っていたのに。
抱えた膝の下にはまだあの花が沢山見える。
マクゴナガル先生は私の隣に腰を下ろし、何も言わず空を見上げた。
「……貴女は魔法薬学が好きでしたね」
「………」
「きっと彼も喜んでいますよ」
先生に返事をしたいのに喉が締め付けられて声が出ない。
「私だって辛いです。Ms.ターナー」
マクゴナガル先生はローブからハンカチを取り出すと、私の頬を伝っていた涙を拭ってくれた。
「………ありがとうございます」
なんとか絞り出した声は弱々しく擦れていた。
そんな私の様子を見て、マクゴナガル先生は立ち上がり墓標に手を触れた。
「セブルス、貴方は世間で言われているようなただの英雄なんかではなくいい先生でもありましたね」
「…………」
「本当に強い人だったわね。
そう思うでしょう?Ms.ターナー」
「悲しいでしょうけど、私達には彼が遺してくれたものを大切に守っていく義務があるとは思いませんか?」
「はい……」
胸が締め付けられる。
先生の彼を表す言葉がすべて過去形なのを私は受け入れられていなかった。
先生の葬儀はホグワーツで行われたけど、あの時はあまりに人が多すぎてゆっくり悲しみに浸る暇がなかった。
他にも大勢の人が亡くなったし、みな悲しみと喜びが入り混じっていて混乱していた。
半年経ってもなお、スネイプ先生が死んでしまったという事実を私はまだちゃんと受け入れられていなかった。
死の悲しみは時間がゆっくりと癒やしてくれると言うが、私もそうなれるだろうか。いつか悲しみを乗り越えて、よき思い出として彼のことを語れるだろうか。
たとえ何年経ったとしても彼を失ったという事実は、私にとって辛い出来事のままであるような気がした。
でもマクゴナガル先生の言うように、いつまでも悲しみに暮れているわけにはいかない。
私は助けを求めるようにただそこに佇む黒い墓石をじっと見つめた。
そして自分自身に言い聞かせるようになんとか声を絞り出した。
「スネイプ先生今までありがとう……ございました」
必死に声が震えないよう凛と言ったつもりだったが、私の声は相変わらず弱々しかった。
「もう……先生から教われないんですね」
「…………」
「でもいなくなったから学ばないなんて、きっと先生は望んでいないですよね」
「……その通りですよ」
マクゴナガル先生は少し吹っ切れたような私の様子を見て安心したような笑顔を見せると、私をゆっくりと立たせた。
「さあ、そろそろ午後の授業が始まりますよ」
お急ぎなさいと、マクゴナガル先生は肩をぽんぽんと叩いた。
コーラルは去り際に振り返ってもう一度、黒い墓石を見た。
その時、日光を反射した墓石がキラリと光った。
まるでちゃんと空から見守っているといわんばかりに。
(泣いてばかりいないで勉学に励むことだな)
それを見ると、なんだか呆れ顔をした先生の嫌味が空から聞こえてくるような気がしておかしくなり口元が少し緩んだ。
私はマクゴナガル先生に礼をすると、校舎へ急いで向かった。
I never will forget.
(私はずっと忘れない)
と呟いて。
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