短編詰め合わせ
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「熱、下がらないわねぇ」
医務室に困り顔のマダム・ポンフリーの声が響いた。
「そんなあ……もう何日目……」
ぐったりとした様子のコーラルはドサリとベッドに倒れこんだ。
この冬、ホグワーツではインフルエンザが大流行している。
もっとも魔法界ではインフルエンザという名前ではなく重い風邪の一種だと思われているが、突発的な高熱と感染力の高さからしてどうみてもインフルエンザだろう。
マグル出身のコーラルは、魔法界にはリレンザやタミフルがないことを恨めしく思った。この何を煎じたのか分からない怪しげな薬で本当に治るのだろうか。
体は辛いがなんとか両親にふくろう便を送って普通の薬を送ってもらおうかと、うまく働かない頭で考えていた。
だがふくろう小屋まで歩いていったら死んでしまいそうなくらい高熱でふらふらだし、そもそも処方箋がなければ薬も手に入らないだろう。
こういうとき魔法界はつくづく不便だ。
「今晩も安静にしてるしかありませんね。あともう少しの辛抱ですよMs.ターナー」
「はーい……」
「それと今晩、私は出掛ける用事がありますから何かあったときは代わりの先生に言ってくださいね」
「はーい。代わりの先生って誰が来るんですか?」
朦朧としながらもコーラルは尋ねた。
「スネイプ先生ですよ」
ニコニコとしながらマダム・ポンフリーは言った。
スネイプ先生かあー……
……スネイプ!?
「大丈夫ですよ。スネイプ先生は魔法薬の専門家だし、病気のことにも詳しいんですよ。よっぽどのことがない限り彼に任せれば大丈夫です」
(いやいや……そういう問題では!)
「では、しっかり寝て体を休めるんですよ」
絶望的な表情のコーラルを残してマダム・ポンフリーは行ってしまった。
ただでさえ辛いのに看病してくれる人がスネイプときたら……余計具合が悪くなりそうだ。
大きな溜め息をついてコーラルは布団に潜りこんだ。
でも、いくらなんでもインフルエンザの時ぐらい咎められることはないだろうと考えた。
医務室には私以外にも寝込んでいる人間が沢山いるし、きっとそれどころではない。病人から減点したり罰則を言い渡すほどスネイプも嫌なやつではないはすだ。
そんな事を思いながら眠りについた。
深夜、コーラルは激しい喉の渇きと悪寒で目を覚ました。
ベッドの近くのテーブルには水差しが置いてあるが手が届かない。
頑張って手を伸ばして取ろうとするが、あと少しのところで届かない。
「……っ!」
また熱が上がったのだろう。手を伸ばしただけでとてつもない倦怠感が広がり、体から力が抜けてしまう。
(誰かぁ……水……)
コーラルは力を振り絞ってベッドの柵を叩いた。
静まり返った空間に控えめに音が響いたが果たして聞こえただろうか。
コーラルが荒い息をしながら目を閉じて耳を澄ましていると、カツカツと足音がこちらに向かってくるのが聞こえた。
(あぁ……よかった。マダム・ポンフリー気付いてくれた……)
「Ms.ターナーどうした?」
虚ろな目で天井を見上げながら待っていると、頭上から降ってきたのは低い低いバリトンボイスだった。
(そーだ!!スネイプしかいなかったんだ……)
「……Ms.ターナー返事ぐらいしたらどうだ?」
答える様子のないコーラルに少し苛立ったような様子でスネイプが再び聞いてきた。
(したくても声出ないのよ!)
「……み……ず……」
でも水はなんとしてでも飲みたい。私は必死に声を振り絞ってなんとか言った。
「水か?ターナー?」
先生は私の言いたいことがやっと分かったのか少し焦ったように身を乗り出して聞いてきた。
私は小さく頷くと体を起こそうとした。
そのとき大きな骨ばった手が背中に触れた。
「ゆっくりでいい」
先生はそう言いながら私が体を起こすのを手伝ってくれた。
インフルエンザ特有の関節痛もすさまじく、起き上がるだけでも目の前がチカチカするほどしんどい。
スネイプに支えられながらなんとか体をベッドの背もたれに預けると、スネイプはサイドテーブルに置いてあったコップに水を注いだ。
コップを受け取ろうとした瞬間、手で制止された。
「そのままでいい」
低い声でそう言うとコップを私の口にあてがった。
喉を冷たい水が通る。
私はあっという間にコップの中の水を飲み干した。
(あー……生き返る……ほんとはポカリスエットとかがいいけど……)
「もう大丈夫か?」
私はまたコクリと頷いた。
(スネイプのやつ意外と優しいじゃん……)
「熱も測りなさい」
スネイプは汗びっしょりになっているコーラルを見て、サイドテーブルに置いてあった体温計を差し出した。
スネイプの前でパジャマのボタンを外すのはちょっと抵抗があったが、そんなことどうでもよくなるぐらい体が熱くて辛い。
コーラルは体温計を受け取るとすぐに脇に差し込んだ。
マグル式の電子体温計には負けるけど魔法界の体温計もなかなか正確に測れる。時間はかかるけど。
(げっ……39.5)
そりゃしんどいはずである。
絶対夜に飲んだあの薬効いてないって!!
コーラルは無言で体温計をスネイプに見せると、スネイプは眉間の皺を深くした。
「夜の分の薬は飲んだと引き継ぎの書類に書いてあったが頓服は飲んだか?解熱剤は?」
部屋はみな寝静まっていてシーンとしているため、声を潜めてスネイプが聞いてくる。
コーラルは首を横に振ると目で再びサイドテーブルを差した。
そこにマダム・ポンフリーが置いていってくれた薬がある。
薬といってもカロナールの見た目からはほど遠い不気味な色の液体なのだが。
熱が上がってどうしても辛かったら飲むようにと言われていた。
魔法界での高熱の基準は知らないが、一般的に40度に近づいてきたらヤバいことぐらいは分かっている。
あまり酷くならないうちに飲んだほうがいいだろう。
そんなコーラルの心を読んだかのようにスネイプは薬を取ってくれた。
小瓶のコルクを抜くと、再びコーラルの口にあてがう。
(なにこれまっず!!!!)
毎日飲まされている薬も相当まずいが、これはその比じゃない。
これちゃんと病人が頓服で飲むこと本当に考えて作ってる!?
あまりの刺激的な味に思わずむせて吐き出してしまった。
支えてくれているスネイプの手も薬で汚してしまった。
ゲホゲホと咳き込んでいると、スネイプは背中をさすってくれた。
「飲みにくいなら水と交互に飲むか?それか水で薄めるか?」
魔法薬が専門のスネイプのことだ、この薬のまずさを知っているのであろう。
この人ならどんなに苦かろうと、口をこじ開けてでも飲ませてきそうなものだが、意外な提案にコーラルは面食らいながらも頷いた。
もう一度コップに水を注ぐと、コーラルに差し出す。
口直しをしてもう一回だ。
今度はまずさが分かっているぶん心の準備ができている。
一気に飲み干してしまおうとコーラルは気合を入れた。
瓶から流れてくる液体を覚悟して迎える。
ぶはっ!
(まって!やっぱり無理!!!)
いけると思ったが無理だった。
どんだけまずいだこの薬!!!
開発者もっと努力してくれ!!
またもや手や袖を汚されたスネイプは少し嫌そうな顔をしたが、怒るわけでもなくどうしたものかと考えているようだった。
少女漫画ならこのまま口移しで飲まされるなんて展開になりそうだが、相手はスネイプである。絶対にそんなことは起こりえない。
コーラルは悪寒から来る震えを止めようと自分の体を抱きしめた。
早く熱を下げたいが口がどうしても受け付けない。
「ターナー飲めそうもないか?」
声が出ないのですみません無理ですと口の形で伝える。
スネイプは困ったように眉根を下げ、唇に指を当てため息をついた。
「そうか……ならば仕方あるまい」
(えっ何が!?)
何が仕方ないのか考える時間を与える間もなくスネイプはグッと小瓶を傾け、薬を一気に口に含むと軽く顎を上向きにし私の唇を塞いだ。
少しずつとんでもなく苦い液体が流し込まれてくるが、スネイプに頭をがっちりと抑えられていて吐き出すことができない。
薬を私の口に流し込むためにスネイプの唇が少し動いた。
「んんっ…んー!!」
スネイプにキスされてる展開も意味が分からないが、あまりのまずさと苦さににそれどころではなく、口の中に入ってくる耐え難い苦味にコーラルはスネイプの胸をドンドンと叩いた。
スネイプも負けじと薬を流し込もうとする。傍から見たらもつれあいながら、ねっとりとした口づけを交わすカップルにしか見えないだろう。
なかなか薬はコーラルの喉を通らずただただ長いキスを交わす状態になっていたが、薬を飲まなければ息継ぎもできない。
コーラルは酸素の限界を感じると飲み下せずにいた薬を一気にゴクリと嚥下した。
お互いの唇がやっと離れ、二人ははあはあと息をついた。
一度嚥下してしまえば薬がすーっと内蔵に染み渡っていき、一瞬にして熱が引いていくのが分かった。クソまずいけど効果だけは確からしい。
スネイプは黒いローブの袖で自分の口をぬぐうと、再びコップの水を差し出した。
「飲んだら寝なさい」
濃厚なキスを交わしたばかりだというのにスネイプは恥ずかしがるそぶりもなく、いつもの黒い目でまっすぐコーラルを見つめていた。
今起きたことが信じられずポカンとしながらもコーラルは差し出されるがまま水を口に含んだ。
コーラルが水を飲んだのを確認するとスネイプは首筋に手を当てて体温を確認した。
ドクドクと脈打つのが伝わってくる。
熱が先程よりも落ち着いたことが分かるとスネイプはコーラルをベッドにそっと寝かせ、布団をかけた。
スネイプは目を丸くして彼を凝視しているコーラルを見やると、口元にふっと薄い笑みを浮かべ、コーラルの頭を一度撫でしてからカーテンを閉め出ていった。
コーラルがその後しばらく魔法薬学の授業をまともに受けられなかったのは言うまでもない。