スネイプ先生×助手ヒロイン
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スネイプ教授との交際が始まって一年が経った。
私たちはいつも忙しく、ゆっくりデートをする暇もほとんどないが、それでも穏やかで満たされた日々が続いていた。
自分の想いを隠さなくていいというのはこんなにも幸せなことなのだ。
私はこの一年浮かれすぎと言っても良いくらい上機嫌に過ごしていた。
教授はそんな私に呆れてばかりいるが、その目の奥には満更でもない優しい色がたまに浮かんでいるのを私は知っている。
無口で感情をあまり表に出さない彼だが、日々の行動の節々に確かな愛を感じられ、私はそれで充分だった。
こんな日々がずっと続きますようにと、私は毎日一生懸命に働き、彼に尽くし彼のそばにいられる幸せを噛みしめていた。
ある時、ほんのちょっとしたことからスネイプ教授と軽い喧嘩のようになってしまった。
きっかけは些細なことだったが、頑固でどこか大人げないところがある私達は互いの主張を譲ることが出来ず、しばらくぎくしゃくした関係が続いていた。
いい大人なので表立って言い争うなんてことにはならないが、あれからどこか冷たい彼の態度に私は不安で圧し潰されそうだった。
このまま二人の関係は終わってしまうのではと私は焦りを抱きながらも、仲直りするタイミングがつかめない。
体調が悪くなりだしたのはその頃からだった。
身体が怠く、風邪だと思って熱を測ると微熱があるかないかという程度。
食欲も落ち、いつもの半分ほどで満腹になる。ふとした瞬間に目眩がして座り込むことも増えた。
もしかして何か悪い病気の前触れかもしれない。
忙しさを言い訳にせず、一度病院でちゃんと診てもらった方がいいのかも。
そう思って手帳を開いて次のオフの日を確認すると、私はあることに気づいた。
……生理が遅れている。
私はもともと生理が不順な方で、遅れたり早まったりは珍しくなかった。
だから多少生理が来なくてもこれまではあまり気にしていなかった。
でも今は一応彼と男女の仲にある。
先月も関係を持った日があった。
「妊娠」の文字が頭をよぎる。
(まさかね……)
勿論そういうことをする時はお互いちゃんと気を付けている。
でも避妊は適切に行っていても、100%確実ではないことも知っている。
もし妊娠していたら?
彼はどんな反応をするだろうか。
私は不安に駆られ、過去の周期を確認し、遅れが正常な範囲かどうかをひたすら計算していた。
***
「何をそんなに深刻な顔をしている」
夜に来週の授業の準備をしているときだった。
今日も優れない体調をごまかしながら、萎び無花果の中から調合に適さないものを選別していると、事務机で採点をしていた教授が眉をひそめて尋ねてきた。
「別に……特に何もありませんけど」
まだぎくしゃくしたままの私たちの間には、気まずい空気が流れている。
じっと見据えてくる彼の目を避けながら、私はそっけなく答えた。
「何もないようには見えないがな」
誤魔化そうとしても、スネイプ教授相手では通用しない。
彼は溜息を一つ吐くと、私の手を取って無理矢理ソファに座らせた。
「……座れ。休憩にする」
教授はキッチンに向かい、紅茶を淹れ始めた。
しばらくして透き通った琥珀色の紅茶が目の前に置かれたが、二人の間には重苦しい沈黙が漂った。
教授は私が話し出すのを待っている。
言ってしまったほうが楽になるだろうか。
心配してくれる彼の優しさが身に染みたが、それ以上に「重い女」と思われるのが怖かった。
もう私への気持ちが冷めかけているかもしれないのに、こんな話を聞かされたらどう思うだろう。
「吐き出すだけで楽になることもある」
彼の低い声が静かに響く。そこに責めるような響きはなかった。
その声に促され、私は意を決して深呼吸をし、小さく呟いた。
「……実は最近体調がちょっと悪くて」
「…………」
「あれも遅れてて……もしかして妊娠してるんじゃと思ったら不安で……」
私が妊娠という一言を口に出すと、腕を組み私を見ていた彼の目が一瞬大きく見開かれた。
「確かめたのか?」
「いえ、それはまだで今度病院に行こうかと」
「いつだ」
「えっとまだ未定で……」
「ならば明日だ。ちょうど休みだろう」
彼の有無を言わさぬ口調に私はただ頷くしかなかった。
教授はホグワーツから近い病院を調べてくれ、明日一緒に同行すると主張した。
飲んでいた紅茶はもし本当に妊娠していたら体によくないと下げられ、私は授業の準備もそこそこに追い出されるように自分の部屋へと帰った。
ドアを閉めた後に彼の深い溜息が聞こえた気がする。
どんな時でも冷静な彼であっても、明らかに困惑しているのが見て取れた。
そりゃ赤ちゃんが出来たかもなんていきなり言われれば誰だって驚くだろうけど。
私はぺちゃんこのお腹に思わず手をやった。
「なぜもっと早く言わなかった!」
もしここに本当に小さな命が宿っているのなら、彼の焦ったような声をこの子もお腹の中で聞いてしまっただろうか。
***
結論から言えば、私のお腹に新しい命など宿っていなかった。
体質的に周期が乱れやすく、不規則な生活も相まって、今回はただ生理が大幅に遅れていただけだった。
医者の話では、あまり酷くなるようなら薬で整えた方が良いということだった。
妊娠していないことが分かって安心したと同時に私の心は複雑だった。
診察を終えて病院を出ると、外のベンチで待っていた教授がこちらへ歩み寄ってきた。
「どうだった」
「えっと……ただの勘違いでした。ストレスとかで遅れてただけみたいで」
安堵すべき事実のはずなのに声が詰まった。きゅうっと胸が締め付けられる。
気付かれないように唇の内側を噛んだがすでに遅く、私の目から一粒の涙が落ちた。
「オリーブ?」
彼は慌てたように私の手を取りベンチに座らせた。
私はポロポロと零れ落ちる涙が抑えきれず、彼の顔を見られないまま顔を押さえて泣いた。
背中を撫でる手が優しくて、それが更に悲しさを助長させた。
妊娠を疑った日から私の心の中には大きな不安と同時に、小さな期待が芽生えていた。
まだ母になるには未熟だと思っているし、日々の業務に追われる私たちにとって、このタイミングでの新しい命の到来は理想的ではないと頭では理解していた。
それでも、彼と私の子供を育てるという未来が訪れるかもしれないという可能性に、どこか心が踊っていたのだ。
厳しい先生の代名詞みたいな彼のことだからやっぱり厳しいパパになるのかな?
それとも意外と子煩悩なパパになるのかな?
彼は我が子をどんな顔で抱き上げるんだろう?
魔法薬学の新たな天才が産まれたりして?だなんて気が付けばかなり先の事まで考えていて。
心のどこかで新しい命が彼との仲を修復し、新しい生活を切り開いてくれるかもしれないと期待していたのだ。
でも教授はそんな未来を望んでいないかもしれない。
彼はどう見たって子供が好きなタイプではないし、結婚願望があるのかどうかもよく分からない。
それでも世界で一番愛する人と二人で温かな家庭を築けたら、どれほど幸せだろうと待合室でお腹を撫でていた自分がいた。
でも結局子供はいなかった。
まったく情けない。
早とちりで妊娠したかもと騒ぎ、挙句の果て何でもなかったのにメソメソ泣いている私を見て教授はきっと呆れているはず。
ところが沈黙を貫く彼にやはり愛想を尽かされてしまったかと思い始めたころ、かけられたのは予想外の言葉だった。
「男か女か、どっちだと思った」
「……え?」
意味が分からず、ぽかんとする私に彼は背中をさすりながら続ける。
「私は男だと思った。根拠はないが」
私が隣を見ると教授は遠くを見ながら、どこかはにかんだような笑みを浮かべていた。
「私も君と同じ気持ちだ」
「それって……」
「私は名前を何にするかまで考えたぞ。ああ、それから引っ越しをするべきかどうかや、君の業務をどうしたら負担のないものに変えられるかどうか……」
彼は顔を戻し、こちらを見てにやりと笑った。その顔を見て、私はまた涙が溢れ出してしまった。
彼は口にこそしないが、ちゃんと私との未来を見据えてくれていたのだ。
一瞬でも私との未来を想像してくれたことが嬉しくて彼に抱き着くと、彼は力強く私を抱きしめ返した。
「きっと喜ばないだろうと思ってました……」
「そんなわけがあるか。昨日は突然言われ混乱していただけだ」
「……名前、何にしたんですか」
「候補がありすぎて定まらなかった」
真剣なトーンで言う彼に私は思わず吹き出した。
あのスネイプ先生が名付け辞典を持って頭を悩ませている姿なんて想像できる?
涙に濡れながらも笑った私を見て、彼も柔らかく微笑みかえした。
「私も……私も赤ちゃんが出来たらこんな名前がいいかなって考えてたのがあるんです」
「……ゆっくりとこれから二人で考えたらいい。遠くない未来にきっと現実になるだろうからな」
私の手を握ってそう呟く彼の声は確信に満ちていた。
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