スネイプ先生×助手ヒロイン
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スネイプ教授は愛する人にどんな風にキスをするのだろう。
これは私が長い片思いの間、幾度となく繰り返した妄想だった。
やっと結ばれた今、ようやくその答えを知るときが来たと思っていたのに、教授はなかなかキスをしてくれなかった。
ふつう恋人同士というものは、もっとキスをするものなんじゃないだろうか。
正確に言えば一回だけはしたことがある。
涙ながらに想いを告げた、金木犀が香る夜。
私達は衝動のままにキスをした。
けれどあれはあまりに短く、私も頭が混乱していたから記憶も曖昧だ。
教授は私とキスしたくないんだろうか。
視界の端で、今夜も執務机に向かい難しい顔をしている教授をちらりと見る。
毎日膨大な業務に追われる彼が、恋人とのキスの回数などいちいち考えている暇があるわけないか。
彼が大変なのに仕事そっちのけで、そんなことばかり考えている私は助手失格かもしれない――。
私は気付かれないように小さく息を吐くと、教授の背後から声をかけた。
「薬草の選別終わりました。明日使う分はここに置いておきますね」
「ああ。助かる」
「いえ。……ではまた明日。失礼します」
「ああ」
教授は後ろを振り向き私を一瞥すると、またすぐに羊皮紙の山に視線を戻した。
ああ。レポートなんて全部燃えてしまえばいいのに。
いい歳してもっと構って欲しいだなんて言いたくないけれど、何の進展もないのがどうしようもなく寂しくて、満たされなくて。
「……おやすみのキスはしてくれないんですか」
気が付けば、無意識のうちに胸の内に閉じ込めていた思いが口に出てしまったようだった。
――しまった!
私なんてことを!!!
慌てて口をおさえたがもう遅い。
聞こえていなかったことを願ったが、当然スネイプ教授はバッチリと聞いていたようだった。
一瞬固まった黒い背中が、ゆっくりとこちらを振り返る。
「したいのか?」
「あ、いや、えっと、し、したいかしたくないかと聞かれればしたいですけど、でも、」
もはや自分が何を言ってるのかも分からない。
あわあわと早口で答えるが、恥ずかしさで一刻も早く消え去りたい。
「よかろう」
教授は疲れた顔に意地悪な笑みを浮かべると、ゆっくりと椅子から立ち上がった。その威圧感につい後退りするが、あっという間に壁にまで追い詰められ、逃げ場を失う。
背中にひんやりとした石壁の冷たさが広がった。
とても教授の顔なんか直視できなくて、私は俯いたまま、謝罪の言葉を述べた。
「すみません変なことを口走りました。忘れてください」
「早く顔を上げんか」
「……む、無理です。忘れてください」
「君が言い出したことだろう」
大きな溜息と、苛立った声色でそう言われては顔を上げないわけにはいかない。
今にも逃げ出したい気持ちを堪えながら、私はゆっくりと顔を上げた。
「あ、あの、一瞬のやつでいいので……お手間は取らせませんから……」
目を泳がせて狼狽えながら答えると、教授は不機嫌そうに眉を顰め、私の頬を片手で掴んだ。
「私は、一瞬では足りないのだがね」
低い囁きと共に、唇が重なった。
確かに触れている柔らかい唇の感触に、頭が真っ白になる。
ほ、本当に教授にキスされてる……
嬉しい反面、ここから先どうしたらいいか分からなくて頭はパニックだった。
実は私、自分からおねだりしておいてキスの経験なんか全くないのだ(だってスネイプ教授が人生初の恋人だし!)
ゆえに私は目をギュッと閉じたまま、軽く唇を押し当て返すことしかできなくて、ただただ硬直していた。
ああ、きっとまた鼻で笑われる。
ろくにキスも出来ないくせに他人の貴重な時間を奪うとはどういうつもりだ、とかなんとか。
そう覚悟したのに教授は何も言わなかった。
一瞬唇が離れたのちに、すぐに角度を変えて再びキスをされた。今度は押し当てるだけでなく、ゆっくりと輪郭をなぞりがら、上唇と下唇を交互に挟むように啄ばまれる。
そのたびに湿った音が小さく響き、胸の奥に甘い熱が広がっていった。
……キスって唇をくっつけるだけじゃないんだ。
こうやって唇を引っ張るみたいにしたり、いろんな場所に何回もしていいんだ。ちょっとカッコつけて言うとしたら、唇で戯れるって感じ?
なんとなく要領を得た私はおそるおそる勇気を出して、教授の頬に手を伸ばし、彼の真似をして教授の薄い下唇を食むように、柔らかく挟んでみた。
すると教授が唇の端で、小さく笑う気配がした。
お返しとでもいうように、すぐに少しだけ強く唇を啄まれ、私もすかさず唇を重ね返す。すると今度は私をからかうように唇がすっと逃げたと思うと、また別の向きからすかさずキスされた。
――ああ、これが、教授のキスなんだ。
彼が愛する人にだけするキス。
あんなに気難しい人がこんなに甘い触れ合い方をできるなんて。
夢にまで見た瞬間が現実になっていることに頭が追いつかない。でも信じられないくらい幸せな気持ちだけは確かだ。
一度キスの気持ちよさを知ってしまえば、離れがたく、ずっと彼と繋がっていたくて私は夢中でキスを繰り返した。
ああ、この人のことが好きで好きでたまらない。
キスというのは言葉では伝えきれない想いを伝えるためにきっと存在するんだろう。
蕩けていく思考の中でそんなことを考えた。
息継ぎの合間に教授を見上げると、彼は熱を帯びた瞳で私を見つめていた。
愛おしくてたまらないとでもいうような表情に胸の奥がドクンと跳ねる。
「……ご満足いただけたかね?」
「……もっとしてください。ずっとこうしたかったんです」
囁いた途端、力強く抱き寄せられ、唇同士がもう一度触れ合った。今度は熱い教授の舌が入ってきた。
ぬるりとした生温かい感触に、一瞬怯んだが、教授がするように舌を擦り合わせてみると、たまらなく気持ちよくて体の奥底がジンと熱くなる。気持ち良く感じているのは教授も同じようで、彼の時々漏らす色っぽい吐息が、いっそう私を興奮させた。
頭がふわふわとして、まるで毒薬を飲まされたみたいに体から力が抜けていく。さっきのキスも気持ちよかったけれど、それとは比べものにもならない。
理性が溶かされていくような刺激に、次第に意図せず私の口からは甘い声が漏れ始めた。
「ん……ぅ……」
映画のベッドシーンでしか聴いたことのないような艶やかな声に羞恥で顔が熱くなる。
けれどもう後戻りなどできなかった。
私は彼に全てを委ね、されるがままに、教授から与えられる快楽に酔いしれていた。
甘い痺れが全身を駆け抜け、必死に崩れ落ちないように彼のローブを握りしめる。
はしたない声が出ようと構わない。
もっと、もっと遠い所に私を連れて行って欲しい。
私が経験したことのない深い大人の世界に――。
そう思った瞬間、彼がぱっと唇を離した。
私の乱れた呼吸と対照的に、彼は微動だにしてしない。
黒い瞳の奥にはわずかに愉しげな光が揺れていた。
「……さて、これでお前の要望は叶ったな」
「え……?」
「おやすみのキスをお望みだったのだろう?」
“Good night, My love”
ぽかんとする私に教授は耳元で甘い声でわざとらしく囁いた。
そして踵を返し、執務机に戻ろうとする。
反射的に私はその裾を掴んだ。
「本当にこのまま寝ろって言うんですか……」
むくれた声を上げると、黒い瞳の奥で彼は小さく笑った。
「まったく」
呆れたように私を見下ろす瞳はなんとも大人の余裕に満ちていて。
振り回されるばかりの私はなんだか小さな子供みたいに思える。
でもそんなどうだっていい。
そんな人に私は骨の髄まで惹かれてしまったのだから。
「……わがままな助手殿は寝かし付けまでご希望かね?」
Yesの意味を込めて、背伸びしてもう一度口付ける。
教授は私を抱きしめると、大きな手で意味ありげに腰のあたりを撫でた。
「してやってもいいが寝られる保証はないぞ」
「……徹夜の業務には慣れっこですから」
「それはなんとも頼もしい」
喉の奥で低く笑う声と同時にもう一度唇を奪われる。
先ほどより深く、長く、私の全てを飲み込むみたいなキス。
深く、深く彼という存在に溺れさせられていくようだった。
「……物覚えのいい助手殿にはもっと色々教えてやらねばな」
唇を離した彼の黒い瞳を見上げ、私は甘く息を吐く。
「……全部、教えてください」
今までも、これからも。
ずっとそうであったように。
愛する貴方に私の知らないすべてを教えてほしい。
教授の後ろで静かに寝室の扉が開く。
長い夜はまだ始まったばかりだった。