スネイプ先生×助手ヒロイン
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昔から金木犀の香りが大好きだった。
毎年どこからともなく漂ってくるあの甘い香りが、秋の訪れを告げてくれるのが嬉しくてたまらなかった。
ホグワーツにも数は少ないが金木犀の木が数本ある。ここで助手として働くようになってからも肌寒くなってくると、あの濃く香る小さなオレンジの花の香りを私は心待ちにしていた。
でも、今年は違った。
ゆっくりと日が沈み出した頃。
私は教室にあった大量の大鍋の片付けを終えたあと薬草畑に向かっていた。
教授にはあまり遅い時間に薬草畑の方に行くなと言われていたけれど、月見草は夕暮れに摘むのが最も良いと本に書いてあったからだ。どうせ集めるなら品質の良い物を集めたい。
幸い今日は運が良かったのかすぐにカゴいっぱいの月見草が集まった。あともう少しだけ摘んだら帰ろう。
そう思っていた時、あの香りが風に乗ってどこからかふんわりと漂ってきた。
いつもは「一年に一度だから」と人に笑われるくらい胸いっぱいにその香りを吸い込んで楽しむのに、今日はどうしてかそんな気持ちになれない。
いい匂いだと思っていた香りもなんだか濃すぎてちょっと鬱陶しささえ感じる。
私はそれから、もう必要な量はとっくに集まっているのに意味もなく月見草を集め続けた。
これだけ沢山あれば自分用のストックにも回せるだろう。胸の中に燻る暗い気持ちをかき消すように、ぷちぷちと手で濃い緑の葉を摘んでいく。
そうこうしているうちにカゴが一杯になり、さすがにもう入らなくなってしまった。外もいつの間にか明かりが必要なほど真っ暗だ。
……仕方ない。もう帰らなきゃ。
私は立ち上がり膝に付いた土をはらった。
これからこのカゴの中身を渡す相手を思うと、気が重くなる。
きっと彼は今日も月見草の葉を数枚手に取り、品質を確かめた後短く礼を呟くだけで、再び研究室に籠もってしまうのだろう。
魔法薬学教授助手としての私の仕事はスネイプ先生をサポートすることだ。
学生の頃より彼を慕っていた私は卒業後、とても苦労してこの職を手に入れた。魔法薬学教授の助手、というとなんだかとても優秀で非常にやりがいのありそうな仕事に聞こえるが、実際はただの雑用の連続に過ぎなかった。
そのうえ助手になってからというものの、教授と私の距離は近付くどころかかえって遠ざかったように感じる。
学生時代の方が教授はまだいくらか優しかった。
唯一変わったことといえば、ここのスタッフになったときホグワーツ教員の慣習に則って私もオリーブと名前で教授に呼んでもらえるようになったことだ。
最初こそファーストネームで呼んでもらえることに舞い上がったが、名前を呼ぶ彼の声の中に親密さが欠片も感じられないことに気が付いてからはかえって虚しく感じるようになってしまった。
私はこの三年間、無口で何を考えているのか分からない彼の下で必死に働いてきた。
助手の仕事は想像よりも大変で時にはきつく叱られ、時には「辞めろ」と冷たく言い放たれたこともあった。それでも彼のことを尊敬していたし好きだったから耐えてきた。
それに真面目にこつこつ誠実に働いていれば、いつか神様が私にもチャンスを与えてくれるのではないかと思っていたのだ。
だが、そんな機会は一向に訪れる様子がなかった。
一日の多くを一緒に過ごしているのに、彼の瞳の中に私はいつもいない。
私は屋敷しもべ妖精のように言い付けられた仕事をこなすだけ。
最初はそれが仕事なのだから、公私混同し、教授にそれ以上のことを求める自分の方が悪いのだとなんとか納得しようとしていた。
それでも彼と親密になりたいと思う気持ちを抑えることが出来ず、一度だけ教授にそれとなく気持ちを告げたことがあった。
……その時の彼の反応は思い出したくもない。
それ以来彼はいっそう私に辛く当たるようになったような気がする。
あの日余計な事を言わなければもう少しマシな関係になれたのだろうか。
何度も同じことを考え続けたが、彼の心はまったく読めなかった。追いかけても追いかけても彼には近づけない。
私の何が悪いんだろう。
容姿?能力?私という存在自体が彼にとっては疎ましいものでしかないんだろうか。
そうこうしているうちにあっという間に三年の月日が経ってしまった。
今年で三度目になる金木犀の香り。
その香りを嗅いだ時、自分の中で何かが静かに冷めていくのを感じた。
この香りがしたということはもうすぐ秋が来て、冬が訪れ、そしてまた春がやって来る。季節は恐ろしい速さで巡っていくのに、私は何一つ変わらないまま。
……もう嫌だ。全部やめてしまいたい。
乾いた笑いが口から漏れた。
このカゴを地下室に届けたら、部屋に戻って辞表を書こう。家族の手伝いが必要になったとか理由は何でもいいだろう。不況の今だから助手なんて募集すれば他にもいくらでも集まるはずだ。
部屋に戻ってそれらしい理由を並べ立てた辞表を書いている自分を想像すると、自然と涙がこぼれた。
気持ちが一度溢れてしまえばそれ以上我慢することなど出来ず、私は木の下に崩れ落ち、子供のように泣き始めた。
この三年間、何だったんだろう。
何も報われなかった。何も良いことなどなかった。
あの人に近付こうとした自分が馬鹿だった――
どれくらいの時間が経っただろうか。
泣き疲れてようやく涙が引いたが、心も身体も重く、立ち上がる気力が湧かなかった。周囲はいつの間にか真っ暗になっていて光がなければ何も見えない。
いっそこのまま悲しみのあまり木になれたらいいのに。ギリシャ神話みたいなことを考えながら、私はこの後どうすべきかと項垂れていた。
いくらなんでもこんなところに一晩中座っているわけにはいかない。そうとは分かっていてもこんな酷い顔で地下室に行くのは躊躇われた。それに地下室の主にも会いたくない。
今日は採取を忘れたフリをして自分の部屋にまっすぐ戻ってしまおうか。どうせもう辞めるのだから怒られようが関係ない。
でもこれは明日の授業に必ず必要なものだし――
「――――?」
一人暗闇の中で葛藤していると突然の声と眩しい光が私を現実に引き戻した。
「オリーブ?」
驚いて顔を上げるとそこには真っ黒なローブに身を包んだスネイプ教授が立っていた。靴音なんてまったく聞こえなかったのにいつの間に?
彼は私に光を向け、私が木の根本に座り込んで目を泣き腫らしているのを見ると日頃から険しいその顔をさらに険しくさせた。
ああ、またきっと怒られる。
「……すみません。少し体調が悪くて……」
自棄になっていても彼に睨まれれば即座に謝罪をするクセは体に染み付いていて、私は信じられないくらい情けない涙声で返事をした。
もう手遅れかもしれないが、私は体育座りのまま顔を自分の腕に埋め、少しでも恥ずかしい顔を見られないようにした。
「いつまでも帰って来ないと思えば……。こんな時間にこの辺りをうろついていたらどうなるか、君なら分かっているだろう」
「すみません……私の不注意です。月見草を集めるのに時間がかかってしまって……本当に……」
その時、教授が私の腕を優しく引き、顔を覆っていた腕をそっと引き剥がした。私はグシャグシャの顔を見られたくなくてそのまま後ろを向いた。
「前を向け」
「……嫌です」
「なぜだ?」
「どうしてもです……」
涙を堪えながら必死に答えると、教授は大きな溜息をついた。
そして教授のしゃがむ音が聞こえた次の瞬間、顔をゆっくりと前に引き戻され、唇に温かな感触が重なった。
驚いて硬直する私を、教授は真剣な顔で見つめる。
「……私の想像が間違っていなければ、君が悩んでいたのはこういう類のことではないかね?」
何がどうなっているのか分からない。今、教授が私にキスをした……?どうして?
「どうなんだ。黙っていては分からないぞ、オリーブ」
彼は子供に話しかけるように私の返事を促す。それでも私は今起きたことが信じられずポカンと彼を見つめるしかなかった。
どうして?彼は私のことなんか……
教授は力が抜けてしまった私の手を握りしめた。いつも見つめていた大きな手は、思った以上に温かい。
教授は少しだけ私の手の甲を撫でたあと、決心したように話しだした。
「……君の気持ちには気付いていた」
「じゃあ、どうして……」
どうして教授はこの三年間、私を遠ざけるようなことばかりしていたのですか?
そう目で問えば彼は決まり悪そうに少しだけ目を逸らした。
「どうしても何も……一回りも離れた男と一緒になっては君の負担になると思ったからだ。君の未来を潰したくない」
なんとそんな理由で教授は私を拒んでいたというの?確かに彼と私は一回り歳が離れているけど、そんなもの私にはどうでもいいのに!
「そんなことないです!……私は教授がいいんです!」
私が必死に首を振り否定すると、教授はおかしそうに低く笑った。スネイプ教授のこんな表情を見たのはこの三年間で初めてだ。
「まったく。君は物好きだな」
「でも……好きなんです。学生の頃からずっと」
「君が期待しているようなことは何もしてやれぬかもしれないぞ」
「それでもいいんです。一緒に居られれば 。じゃあ、好きでいてもいいんですか?」
「ああ。後悔しても知らんがな」
「私、きっと教授が想像しているよりも教授のこと好きなんで後悔なんて絶対にしません……!」
「そんなもの卒業してからもしつこく追っかけてこられれば嫌でも分かる。そこまで鈍感な男だと思ったか?」
呆れたように彼は言い、降参だと手を上げた。
「私この仕事辞めようと今決意したところだったんですよ」
本当にあと数日でも遅ければ実行に移していたところだった。そう思うとまた馬鹿みたいに涙が溢れてきて、教授は困った顔をしながらポロポロと流れ落ちる涙を親指でぬぐった。
「ずっと辛かったんです……私毎日何やってるんだろうって……」
「……君の頑張りは評価している。君をこんな顔にさせるまで現実から目を背けていたのは私の方だ」
「それって……」
「オリーブ、私も君のことが気になる……いや大切な助手に辞められないためにもここはハッキリ言うべきだな。私も君のことが好きだ」
「教授……!!」
照れ臭いのかどこか視線を泳がせ、ぶっきらぼうに言う教授に私は嬉しくて嬉しくて、思わず腕を伸ばした。
教授は私をゆっくり抱き締めると私の髪を優しく撫でた。彼の腕の中は暖かくてほんのりと薬草の匂いがした。逞しい胸に抱かれると安心感で満たされ、ずっと包まれていたいと思うくらい居心地が良い。
これは本当に現実なんだろうか。長年の想いが実ったことが嬉しくて、感動のあまりまた泣いてしまいそうだ。
私は教授に愛しているという気持ちを伝えたくて、何度もぎゅっと腕に力を込めた。
「オリーブ、君は助手であることには変わりないが、これからはもう少し親密な関係になってくれるかね?……恋人に」
彼は私をぎゅっと抱き締めながら、低く囁いた。
「……はい」
イエスと答えると、教授は私の身をゆっくり剥がし、じっと私を見つめた。
背後の夜空に負けないくらい黒くて素敵な瞳に今はしっかりと私が映っている。全てが信じられなくて夢のようだ。
世界で一番大好きな人が私だけを見ていてくれている。
甘い雰囲気が二人を包んでいた。体が自然と引き寄せられ、お互い緊張しながらもう一度唇を重ねようとしたとき――
「っ!?」
どこからか狼の遠吠えのようなものが聞こえ、私はビクッと体を強張らせた。
「……狼に喰われる前にさっさと帰るぞ」
せっかくいいところだったのに!
教授は立ち上がり、私のこともグイッと引き上げると固く私の手を握り、城へ向かってズンズンと歩き始めた。
「ちょっと教授!!歩くの速いですって!転びそうです!」
教授も照れているのか随分と雑なリードだった。
それでもほとんど真っ暗で誰にも見えないのをいいことに、私達は甘い金木犀の匂いが充満する道をどこかぎこちなく手を繋ぎながら帰った。
それから毎年、秋がやって来て金木犀の香りがするようになると私達は顔を見合わせて笑うようになった。
「今年もこの季節がやってきましたね教授」
「ああ、この匂いを嗅ぐと君の泣き顔を思い出す」
「こんな可愛い人を泣かせたのは一体どこの誰でしょうね?」
「さあな……」
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